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〈6〉 ギフト 島袋 未来(大宜味村婦人連合会)


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報朝刊

 私が秋田から母の故郷である大宜味村へ越してきたのは中学生の時です。初めは言葉や習慣の違いに戸惑うこともありましたが、地域の方に温かく受け入れてもらい、すぐに友達もでき、楽しい学校生活を送ることができました。その頃は部活動や陸上練習などを通して地域の方から指導を受け、お世話になっていた記憶があります。
 その10年後、進学のために離れていた大宜味村に戻り、社会人として働き始めた時、中学生の私に親身になって声をかけてくれた方は職場の大先輩だったことを知り、思えばその頃から地域の支えと温かい見守りがあったおかげで楽しい学生生活を送れていたことに気付くことができました。
 何事にも消極的だった私が地域の行事に関わるようになったのは、職場の先輩に誘われて青年会に入ったことが始まりです。青年会活動ではエイサーや夏祭り、成人式などの運営に関わり、先頭に立って汗を流す先輩方の後ろに付いてたくさんのことを教わりましたが、何も分からない中で空回りすることもあり、最初は怒られながらのスパルタ教育でした。夏祭り前などは準備に追われて、睡眠時間もほとんど取れないまま、職場に直行したこともありました。
 精神的に幼かった私は怒られながらボランティア活動をすることが、本心では嫌でたまりませんでした。そんな気持ちは言動や態度にも表れていたと思いますが、それでも先輩方は私を見捨てることなく、行事が終わった後は毎回励まし、アドバイスをしてくれました。
 そんな私でも多くのイベントや行事を経験した後は、先輩方がどんな思いで時間と労力を注いでいたのか感じることができました。自分自身の気持ちにも変化が表れ、やり遂げた後はいつの間にか達成感と周りの方への感謝の気持ちでいっぱいになり、みんなの笑顔が見られるのがうれしくて、また次も頑張ろうと思えるようになりました。厳しい半面、みんな本当に面倒見のいい、温かい先輩方でした。それはこの大宜味村の人たちの特性だと感じています。
 その後、家庭を持ち、子どもが生まれてからは親の立場で子ども会活動に関わりました。子どもたちと一緒に地域の一員として豊年祭の踊りに参加し、祭りの屋台の出店、また部活動の保護者会でのたくさんの人との関わりを通して地域の中で楽しく、子どもたちと一緒に成長していこうという気持ちが芽生えていきました。
 私の娘が中学3年生の時のこと、コロナが猛威を振るっていた時期であり、中体連などの学校行事は軒並み中止、一生の思い出になるはずの修学旅行までも中止となり、鬱々(うつうつ)とした気持ちと出口の見えない不安を抱えたまま子どもたちにとって初めての大きな試練、高校受験が差し迫っていました。
 そんな時、婦人会の先輩方と地域の方たちが中学3年生のためにサプライズパーティーを開いてくれたのです。おいしい手作りのお菓子と心のこもった手書きのメッセージカードがきれいにラッピングされ、一人一人に手渡されました。子どもたちにとっては不安で苦しい受験生活の中での幸せな時間、地域からの温かいエールはしっかりと届いたことでしょう。今でもそのメッセージカードは娘の机の上に大切に飾られています。
 地域のために何かしたい、と声をかけたらすぐに反応する仲間がいる。婦人会という組織を軸に地域がしっかりつながっている。その底力とフットワークの軽さに、感動とありがたさで頭の下がる思いがしました。
 そのようなつながりの一部になれたらと婦人会に加入した私ですが、仕事や子育てに追われ、十分な活動もできない状況で、何とワシンリングヮーを授かったのです。また一からの子育てが始まることに気後れしている私に「村の人口を増やしてくれてありがとう。また頑張れる時に一緒に活動しようね」と声をかけてくれた先輩がいました。魔法のようなその一言に心の重荷はどこかへ飛んでいき、「大宜味村で良かった。幸せだな~」と感じた瞬間でした。
 そして地域での活動や多くの方との交流は私の職場の業務の中でも役立っているのだと感じることがあります。窓口に来たお客さんに対してどのように話したら分かりやすい説明ができるかを学ぶ場として、多くの経験をさせてもらっていると思います。仕事で大きな壁にぶつかった時にも問題を幾つかの視点から見つめ直し、柔軟な対応ができるようになりました。それは婦人会などの活動をする中でさまざまな価値観を持つ多くの仲間と共に、責任を持って物事をやり遂げる能力と、通じるところがあるように思います。
 人を思い、地域を思う心は、先輩方が受け継いできた宝物、それはお金では買えない、この地域の中で先輩方から私たちが頂いた「ギフト」だと今は心から思っています。そのギフトを胸に、私の周りの人たちを笑顔にできるように家族のため、地域のため、人のために役に立てるよう、私なりの歩幅で頑張っていこうと思っています。