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「原爆 人間らしさ奪う」 被団協の木戸さん 「あの日」語り警鐘


「原爆 人間らしさ奪う」 被団協の木戸さん 「あの日」語り警鐘 核兵器禁止条約の第2回締約国会議で演説する被団協の木戸季市事務局長=27日、米ニューヨーク    
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 【ニューヨーク共同=新井友尚】核兵器廃絶運動に身をささげ、非人道性を繰り返し告発してきた。「人間らしい自由な生き方を奪うのが原爆だ」。日本原水爆被害者団体協議会(被団協)の木戸季市事務局長(83)=岐阜市=は、仲間と制定に尽力した核兵器禁止条約の第2回締約国会議が始まった27日、国連本部の議場で静かに語りかけた。「ウクライナとガザから伝えられる光景は、被爆者にとって『あの日』の再来だ」
 5歳だった1945年8月9日、長崎市の自宅前に母らと一緒にいた。米軍機の音に空を見上げた瞬間、閃光(せんこう)と爆風に襲われた。爆心地から約2キロ。「何もない真っ黒な街」と化したふるさと、路上や川で亡くなっていた多くの人たち―。幼い記憶に残るのは「犠牲者は一瞬で人生を消し去られた」という事実だ。
 「核兵器は絶対悪」「非人道性の極み」。放射線への不安と恐怖を抱えながら90年代に被爆者運動に加わり、国際会議でも力強く発信してきた。核禁止条約は「私たち被爆者が生み出した」との自負がある。2017年の条約採択や21年の発効を後押ししたのは、世界から集めて国連に提出した「ヒバクシャ国際署名」1370万筆超だ。
 22年6月、第1回締約国会議に合わせてオーストリア・ウィーンで開かれた「核兵器の非人道性に関する国際会議」。普通の暮らしをしていた市民のむごたらしい死に方を語ると「聴衆がみんな、はっとなった」。世界が核廃絶に向かうと手応えを感じた。
 だがロシア大統領は核威嚇を続け、今月にはイスラエル閣僚が使用に言及した。「人間は何を学んできたのかという絶望と、核兵器のない世界をつくろうという希望の間を日々、行き来している」と胸の内を明かす。
 被団協は1956年の結成宣言で「自らを救うとともに、私たちの体験をとおして人類の危機を救おう」とうたった。ようやく今、被爆者の自分が人間らしく生きる意味は、核兵器をなくすために人生をささげることだと考えるようになった。
 演説とその後のパネル討論を終えると、外は真っ暗に。「疲れたね。でも、言いたいことは言えた」。充実感をにじませた。