戦後パラオから沖縄へ引き揚げてきた人や遺族らでつくる「沖縄パラオ友の会」が8日、那覇市内で定例会を開き、11月28日~12月3日に行われた「パラオ慰霊墓参の旅」(国際旅行社)の様子が報告された。参加者らは現地の人たちの親切や豊かな自然に触れ、一層深まったパラオへの思いを語った。
パラオ慰霊墓参の旅は個人参加の形で行われ、帰還者に加え、子や孫の世代も参加した。
訪問は3回目の金城喜信さん(80)はパラオで生まれ、終戦当時は2歳。長兄は召集でフィリピンに向かう途中で戦死し、次兄と次姉は栄養失調で亡くなった。自身も「死ぬか生きるかという状況だった」という。18年ぶりの訪問で都市化や渋滞に驚いた一方、原生林に癒やされ、現地の人たちが案内してくれたことなどを振り返った。「母が語ってくれた“パラオの心”を実感した。また行きたい」と充実した表情だった。
沖縄パラオ友の会事務局長の渡久山盛幸さん(81)は、コロールにある太平洋戦争で犠牲になった県出身者の慰霊塔「沖縄の塔」の管理をしている州知事と面談し謝意を伝えた一方、アンガウル島やペリリュー島の県出身兵士の慰霊塔は亀裂など風化が見られたと報告した。 (中村万里子)
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パラオ慰霊 思い深め 「墓参の旅」参加者が報告
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琉球新報朝刊
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