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地方紙記者として初めて 南極観測隊越冬隊に同行した 菊きく池ち 健けん生せいさん この一瞬を拾い上げて


地方紙記者として初めて 南極観測隊越冬隊に同行した 菊きく池ち 健けん生せいさん この一瞬を拾い上げて 地方紙記者として初めて南極観測隊越冬隊に同行した菊池健生さん
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 地方紙の記者として初めて南極地域観測隊の越冬隊に同行した。2021年11月から今年3月まで約500日にわたり、第63次越冬隊員の活動や神秘的で過酷な自然の姿を記事で伝えた。
 盛岡市出身で、13年岩手日報社(同市)に入社。事件事故や街の話題を追い、東日本大震災の被災地では遺族の悲しみに向き合った。
 「この一瞬しか見られない景色や地域に根ざす人の姿を拾い上げたい」がモットーで現地に行くことを大切にする。学生時代には登山や自転車で、全国各地を巡った。社会人6年目の時、半年間休職し米国の約4200キロの遊歩道を歩いた。
 上司から「南極に行かないか」と声をかけられたのは19年夏。日本から約1万4千キロ離れた場所で活動することに不安は大きかったが「行かないと絶対に後悔する」と決断した。
 隊の重要任務は数十万年に及ぶ気温や大気の情報が閉じ込められた氷を掘削する拠点の整備。極寒の中で除雪などもこなしながら、奮闘する隊員の姿を取材した。
 オーロラやブリザード、愛らしいペンギンの姿も写真で届けた。肉体的につらい日もあったが「自分が書かなければ、ここでの光景は世の中に伝わらない」との思いでペンを握った。
 帰国後は報道記録集「南極探見500日」を出版し、講演活動にも励む。「同じ地球にある南極の姿に思いをはせ、環境問題をわが事として捉えてもらえれば」。共に過ごしたカメラを手に県内を駆け回る33歳。