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王国の林業 特徴残す 嘉手納弾薬庫「杣山」 「重要性周知を」


王国の林業 特徴残す 嘉手納弾薬庫「杣山」 「重要性周知を」 沖縄市倉敷の嘉手納弾薬庫知花地区内の樹木などの植生調査をする市立郷土博物館の職員ら=2022年10月、嘉手納弾薬庫地区(同市立郷土博物館提供)
この記事を書いた人 Avatar photo 福田 修平

 沖縄市立郷土博物館の調査で見つかった杣山(そまやま)の環境が残る土地について、杣山に詳しい識者は「この土地を残すことは非常に重要だ」と指摘する。琉球王国時代から続いた杣山制度で管理されていたとみられるイヌマキが残っていることに加え、歴史的な背景を踏まえ重要性を周知する必要があるという。

 林業や杣山などについて研究する琉球大学名誉教授の仲間勇栄さんによると、今回調査した土地は琉球王国の三司官などを務めた蔡温が取り組んだ管理や植樹方法などの特徴が強く残っているという。今も植生が残っているのは、杣山制度の終了後も地域住民の手で守っていたことが背景にあるのではないかと仲間さんは指摘する。

 琉球王国では、日本で確立していない広葉樹林業を確立していたが、明治期以降に失われ、現代では県内の林業の規模は大きくない。仲間さんは、王国時代の林業のあり方を見つめ直す必要があるとし「当時の環境を残すこの土地を保存することは、林業のモデルにする意味でも非常に重要だ」と訴えた。

 今回のような事例で「米軍基地のおかげで自然が残った」という声が上がることも懸念する仲間さん。「意図的に残したわけではなく、環境が失われた場所も多い。沖縄のこれまでの実情を踏まえて、この土地に向き合わなくてはならない」と強く語った。

 (福田修平)