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「風船爆弾」 不必要なエスカレーション<佐藤優のウチナー評論>


「風船爆弾」 不必要なエスカレーション<佐藤優のウチナー評論> 佐藤優氏
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 韓国と北朝鮮の緊張が高まっている。韓国インテリジェンス機関の分析能力が低いので、不必要なエスカレーションが起きているというのが筆者の率直な見立てだ。北朝鮮が汚物風船を韓国に大量に着地させたのに対抗して、韓国は北朝鮮に対する拡声器による宣伝放送を再開した。韓国が宣伝放送を行うのは6年ぶりのことだ。

 9日の談話で金正恩朝鮮労働党総書記の妹である金与正同党副部長はこう述べた。<大韓民国は、くずのような脱北者の度を超える反朝鮮心理謀略策動に対するわれわれの度重なる対応警告にもかかわらず去る(6月)6、7の両日、またもやわが国境越しに政治扇動のごみを送り込む挑発行為を黙認して状況を悪化させた。/(中略)われわれはすでに警告した通りに、8日夜と9日未明に1400余りの気球で7・5トンの紙くずを韓国国境越しに散布した。/見れば分かるはずだが、われわれは白紙のくずを散布しただけで、いかなる政治的性格の扇動内容の物も送り込んでいない。>(10日「朝鮮中央通信」日本語版)。

 与正氏は談話で「大韓民国」という正式国名を用いている。対等な国家間でゲームのルールを確立したいという北朝鮮の意思表示だ。さらに与正氏は、<われわれは白紙のくずを散布しただけで、いかなる政治的性格の扇動内容の物も送り込んでいない>(同上)と述べ、政治的非難合戦を展開する意図が北朝鮮にないことを強調している。

 この風船の「交換合戦」を繰り返すことは韓国にとって不利だ。なぜなら韓国の風船は民間団体が飛ばした「普通の風船」だ。対して北朝鮮は軍用目的で作られた風船で、「風船爆弾」への転用が可能だからだ。北朝鮮は、短時間に数千の風船を飛ばし、目標地点に正確に落下させる能力があること誇示している。これらの風船に爆弾、生物兵器、化学兵器を付ければ強力な兵器になる。風船を飛ばし合うゲームをエスカレートさせればさせるほど、軍用風船の落下技術を北朝鮮は向上させる。

 与正氏は、<当該のわれわれの対応行動は9日中に終了する計画であったが、状況は変わった。/その理由は、韓国が行動で説明してくれた。/国境地域で拡声器放送の挑発がついに開始されたのである。/これは、極めて危険な状況の前奏曲である>(同上)と述べた。これは韓国側が風船の交換を超えた拡声器放送を行うならば、北朝鮮も相互主義に基づき何らかの対応をせざるを得なくなるので、不毛なエスカレーションを避けるべきだという与正氏からのシグナルだ。どうも韓国には、与正氏が一連の発言を通じて朝鮮半島情勢の安定を望んでいるというメッセージを発していることを理解できていないようだ。

 与正氏は談話の末尾でこう述べた。<もし、韓国が国境越しにビラ散布行為と拡声器放送挑発を並行するなら、疑う余地もなく新たなわれわれの対応を目撃することになるであろう。/休むいとまもなく紙くずを拾い集めなければならない困惑は、大韓民国の日常になるであろう。/私は、ソウルがこれ以上の対決危機を招く危険な行為を直ちに中止して、自粛することを厳重に警告する>(同上)。与正氏は有言実行の人だ。ソウルに毎日汚物風船が落下するような事態が生じかねない。この種の心理工作に関して、言論の自由が保証された民主主義体制の方が北朝鮮のような権威主義体制よりも脆弱(ぜいじゃく)だ。韓国国家情報院の専門家は事態をどう分析しているのだろうか。理解に苦しむ。

(作家、元外務省主任分析官)