【チャイナ網路】“孫院長”の死


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 孫運■氏が亡くなった。交通相、経済相、行政院長(首相)を歴任。仕途半ばにして病に倒れ、職を退くが、亡くなるまでの20数年、その才能と人柄を惜しまれ「孫院長」として愛され続けた。戦後の復興と経済発展を象徴する人物だ。
 ハルビンの大学で電気工学を修め、中国各地で発電所建設に携わった。戦後は台湾電力に奉職。戦火にさらされ、「3カ月で消える」と日本人技師が言い残した台湾の明かりを、5カ月で80%復旧させた。
 石油ショックと米断交を乗り切り、2桁(けた)の経済成長を維持できた、貧しくも輝かしい時代。先端技術こそ活路と、工業技術研究院を創設し、三顧の礼もって張忠謀を院長に迎えた。この“台湾半導体の父”の帰国なしに、台湾の今の繁栄を語ることはできない。
 与党民進党の汚職が次々と伝えられ、経済政策の手詰まり感ばかりが募る今、人々は氏が貫いた“山東の頑固者”らしい潔さと古きよき時代への憧憬(しょうけい)を複雑な思いで新たにする。もうこれほどの人物は現れないかもしれない。追悼サイトに次々と寄せられるメッセージには、感謝の言葉があふれている。
(渡辺ゆきこ、本紙嘱託・沖縄大学助教授)
注:■はオウヘンに睿