対馬丸題材の組踊「海鳴りの彼方」 抑えた表現に深み


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 抑えた表現だからこそ、深く心に響いた。11日に琉球新報ホールで上演された太平洋戦争中の学童疎開船「対馬丸」沈没が題材の新作組踊「海鳴りの彼方~対馬丸の子ら」(大城立裕作、幸喜良秀演出)。「八・八・八・六」のリズムに乗せた唱えや抑えた所作、琉球古典音楽による心情表現など組踊の様式を使った。

さらに沖縄芝居のつらね、和箏なども融合させ、戦争がもたらす悲劇を効果的に表現し、観客の胸を打った。
 対馬丸が題材の新作組踊は初。疎開のため乗船した対馬丸が沈没し、命からがら助かった小学6年生の武志(比嘉克之)は沖縄で待つ母トシ(山城亜矢乃)の元へ。一緒に対馬丸に乗っていた多くの友人らが亡くなった沈没の光景を思い出す武志が恐怖、悲しみにさいなまれる様子を比嘉が体を震わせつつ、表現した。
 対馬丸に乗った孫を失った金城ぬハンシー(比嘉いずみ)、大嶺ぬターリー(宇座仁一)は、やり場のない怒りを武志やトシへぶつける。戦争で子を失ったのに加え、疎開させたはずの孫も失った悲しみ、憤りを比嘉と宇座が熱演した。
 特に印象深いのは、対馬丸に乗り、帰らない同級生が好きだった本に関する思い出を小学6年生の八重子(嘉数千李)と道子(渡嘉敷彩香)が語る場面。八重子は小説「ああ無情」を友人の紀子に借りたままだが、返そうと思っても紀子は帰らない。
 八重子、道子がつらねで「友よやすらかに 今は眠りたまえ」の後、幸せの象徴“青い鳥”がいる場所を指し「私たちがいつか 連れていくね」と声をそろえる。素朴な日常が壊された子どもの純真な気持ちが等身大で伝わり、多くの観客が涙を浮かべた。
 大嶺ぬターリーが、孫の小学校の校長(神谷武史)と話す場面も印象的。児童らを救うため、疎開を勧めたものの、結果的に多くの命が失われたことへの校長の苦悩を神谷が表現した。
 大嶺、校長の会話が米軍の空襲で途絶え、さらに多くの命が失われていく。銃声や爆発音の中から、人間国宝・西江喜春の独唱「述懐節」は、豊かな声量の中に戦争がもたらした悲劇に対する深い情感が込もり、心を揺さぶられた。
 最後は十・十空襲で武志を失ったトシが亡くなった人々を思い、花を海へ流しささげる。「戦どぅん、無んたれー(戦さえ無かったら)」と繰り返し倒れ込むトシ。つらねで「くぬような運命や、有てぃやならん(このような運命が有ってはならない)」と叫び、神谷大輔の独唱「散山節」に乗せ退場し余韻を残した。
 全体を通し、抑えた表現だからこそ想像力をかきたてた。「対馬丸」沈没後の状況を通し、戦争の悲惨さを伝える意義深い作品として再演も期待したい。
(古堅一樹)

(右から)孫を失った大嶺ぬターリー(宇座)が武志(比嘉)とトシ(山城)へやり場の無い怒りをぶつける場面=11日、那覇市泉崎の琉球新報ホール
対馬丸に乗り帰らぬ人となった同級生が好きだった本の思い出を語り合う八重子(嘉数、右)と道子(渡嘉敷)