島々の多様な調べ 競演 琉球弧の島唄


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 国立劇場おきなわ企画の三線音楽公演「琉球弧の島唄~雨降いぬちちぐとぅ~」が18日、浦添市の同劇場で開催された。宮良康正(八重山)、宮國喜効(宮古)、徳原清文、大城美佐子(ともに沖縄本島)、坪山豊(奄美)ら各地のベテラン唄者が出演。情感あふれる島唄の“雨”が、観客にしっとりと降り注いだ。

 1番手は笠(かさ)をかぶって現れた宮良。優しい歌声で聞かせる八重山民謡は、神々に祈りながら暮らす人々の素朴な美しさが宿っている。「まへーらつぃ節」では、両親を亡くした少女の苦労を歌う。囃子(はやし)を務めた山本藍の高い声と相まって、天国の父が少女を見守っているような情景が浮かんだ。雨に関する童歌なども披露した。
 宮古の宮國は「とうがにあやぐ」「豆が花」などを歌った。五穀豊穣(ほうじょう)の祈りや、琉球王府に支配された厳しい生活が描かれている点は八重山と共通している。一方、美声の宮良と異なり、民衆のたくましさを思わせる力強い声が印象的だ。
 徳原は3月に亡くなった師、誠小(せいぐゎー)こと登川誠仁の思い出を紹介。誠小の歌三線が「一発で好きになって」弟子入りしたが、稽古のため家を訪ねると二日酔いで寝ていたと明かし、笑いを誘った。誠小と最も多く歌ったという「宮古(なーく)にー」では、歌詞を「忘ららんむぬや 師匠ぬ情け」に変えて歌い、拍手が起こった。
 大城美佐子は枯淡の味がある声で「親ぬ心」「恋語れ」などを聞かせた。
 異彩を放ったのは奄美民謡の第一人者、坪山豊。どこかもの悲しい歌は会場の空気を一変させた。バチで弾く甲高い三線は、歌に寄り添うような沖縄の三線より緊張感がある。「嘉徳なべ加那節」では三線の叙情的な旋律が、神高い娘の死を人々が惜しむという歌の物語に引き込んだ。最後は一転して激しい「ワイド節」で沸かせた。
 坪山は「以前は沖縄も奄美も琉球だった。文化的に共通点がある」と指摘。「沖縄の人々はいつも温かく迎えてくれる」と喜び、交流の活発化を期待する。唄者たちの競演は、沖縄だけでは語れない琉球弧の歌の多様性をあらためて示した。(伊佐尚記)