社会

飛行差し止め論理模索 嘉手納爆音第1次訴訟

 元裁判官の瀬木比呂志明治大法科大学院専任教授が、那覇地裁沖縄支部の裁判長だった1993年に、第1次嘉手納爆音訴訟の判決で「重大な健康被害が生じた場合には飛行差し止めも認められる」との論理を構築しようとしたことが、20日までに分かった。

15日に発行した著作「民事訴訟の本質と諸相―市民のための裁判をめざして」(日本評論社)の中で、明らかにした。元裁判官が判決の経緯を公表するのは異例。
 81年の大阪国際空港の夜間飛行差し止めを求めた訴訟の最高裁判決は、差し止めを求める民事上の請求権はないとして、健康被害が生じても差し止め請求を認めないとした。
 瀬木教授は「どんなに重大な健康被害が生じても、国が関連すれば差し止めを認めないという理屈で、あんまりだと思った」と話す。民間機と米軍機という違いがある1次訴訟では、別の論理を構築できないか模索した。嘉手納訴訟の判決では差し止めを棄却したが、場合によっては飛行差し止めも可能とする一般論を盛り込むことで、判例に一石を投じようとした。
 だが判決の下書きができた後の93年2月、最高裁が神奈川県厚木基地の飛行差し止め請求訴訟で、国に対して米軍機の飛行差し止めを請求するのは「支配の及ばない第三者の行為の差し止めを請求するもので、主張自体が失当」と判決した。瀬木教授は「最高裁判決に反することに、当時はかなり抵抗があった。従うべきだという思い込みがあった」との理由で、差し止めの可能性を認める論理を破棄した。瀬木教授は「差し止めを認めないことが本当に正しいのか、議論が出るきっかけになったかも知れない。悔恨が残る」と話した。(沖田有吾)



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