世界若者ウチナーンチュ大会 取材を終えて


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国際交流会終了後、感動のあまり、涙で声を詰まらせる玉元三奈美代表(中央)と比嘉千穂事務局長(右)=米国トーランス文化会館

交流拡大へのモデルケース
 7月の第2回世界若者ウチナーンチュ大会は、北米沖縄県人会の若者会員らが実行委員となり、沖縄若者連合会と協力し、県、県人会、メディアの支援を得て成功させたモデル・ケースとなる大会と言える。

 最終日の国際会議では若者たちの生の声を聞いたが、県国際交流・人材育成財団の呉屋龍次さんは「若さゆえにさまざまな意見が飛び交い、意見の取りまとめが困難に感じた印象がある」と感想を述べた。国際会議が終わってステージに立った玉元三奈美代表と比嘉千穂事務局長が参加者に対し涙のあいさつをし、感極まって言葉にならなかったのが印象的だった。
 大会終了後に参加者の一人、大城章乃さんを取材した。ウチナー・アイデンティティーの戸惑いを克服した章乃さんは体験談の記事をフェイスブックにアップし「琉球新報のウェブで当銘さんの記事に125人がグッドと評価しています」とうれしい便りを寄せた。
 県交流推進課の横山貴彦さんは大会参加の後、8月14~28日まで、ペルーで沖縄の高校生と大学生を県人会にホームステイさせる「海邦養秀ネットワーク構築事業」の引率で、若いウチナーンチュの人材育成事業が立て続くと報告した。
 県知事公室の久貝富一秘書広報交流統括監は「今回、北米・南米・ヨーロッパから8カ国の若いウチナーンチュたちが、自主企画を基に交流の輪を築き上げたことを実感させる大会だった。運営資金集めから日程調整、プログラム作成などを一切、自分たちの手で成し遂げ、成功を収めたことは彼らの自信と財産になったと思う」とのメッセージを寄せた。
 成功の半面、第1回ブラジル大会に比べ参加者が少なかったことも今後に残された課題の一つだ。玉元代表はLA大会終了翌日、南米のボリビアへと旅立った。次回大会について模索する旅だろう。(当銘貞夫通信員)