魔術のような“歌” 辻本玲


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緊迫感あるチェロとの対話。辻本玲(右)の“歌”が聴衆をくぎ付けにする。ピアノは須関裕子=9日、浦添市てだこ小ホール

 歌う。辻本玲のチェロは歌う。猛々(たけだけ)しく勇壮に、時に優しくしなやかに。弦の上を飛び回る音の連なりは、エネルギーに満ちあふれた少年のようにころころと表情を変える。

かと思えば人生の悲喜こもごもを折り重ねた老獪(ろうかい)さを感じさせる音色も紡ぎ出す。さまざまな時代の、多様な風土を背負う曲の数々。その表情を引き出す。名器ストラディバリウスのふくよかな響きを引き出す。引き出すところから、辻本の“歌”は始まる。
 スーパークラシックスVol.2。ビューローダンケ主催。9日、浦添市てだこ小ホール。チェロ奏者の辻本玲、ピアノ演奏の須関裕子。譜面に封じ込められた名曲の数々が、二つの弦楽器の緊迫感ある対話によって、今を生きる音楽として舞台によみがえる。聞く者はその力強さに圧倒され、引き込まれる。
 バッハの無伴奏チェロ組曲第1番ト短調で幕開け。そしてベートーベン「傑作の森」と呼ばれる中期作品群から、チェロとピアノのためのソナタ第3番ト長調を須関とともに。古典派の様式美をしっかりと描きながら、それを超えてロマン派を切り開いていく“楽聖”の苦悩と開拓者精神を映し出すエネルギッシュな演奏を繰り広げる。
 憂いを帯びた歌い出しのラフマニノフ「ヴォカリーズ」、エキゾチックなピアソラ「オブリヴィオン(忘却)」、ポッパー「ハンガリー狂詩曲」とメロディアスな3曲を続け、フランク「チェロとピアノのためのソナタ」で情熱的に締めくくる。
 何世紀も演奏家たちが継ぎ、聴衆の心に生き続ける曲の数々。演奏によって目の前に生きた姿でよみがえらせ、その価値を再確認させる。さらに演奏そのものに聴衆を引き込む。そのチェロの音色が、辻本の魔術のような“歌”なのだ。(宮城隆尋)