【川崎ウイーク】フォーラム・基調講演 上原良幸氏


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上原 良幸氏(沖縄観光コンベンションビューロー会長、前副知事)

沖縄の特殊事情 プラスに
 沖縄は、日本は、人類は大丈夫か、という転換期に来ていると思う。そういう転換期に沖縄、日本をどうするかという議論を本格的に始めないと危ない気がしている。
 沖縄の歴史、現状を踏まえて未来像、将来像を描くため、県にいた時、県民に大いに議論を起こした。こうしたプロセスを経て出来上がったのが沖縄県が初めて自らつくった未来図「沖縄21世紀ビジョン」だ。

 それまでは国、政府が沖縄をどうするのかを考えていた。沖縄振興特別措置法があり、国の責任で全部進めた。私はこれはおかしいのではないかと思う。沖縄の将来像はわれわれで考え、描き、実現するために国から財政的、制度的な支援を得るべきではないか。
 沖縄振興特別措置法で「沖縄の特殊事情」という言葉が書かれている。なぜ国が沖縄の特殊事情にサポートするかというと、沖縄は歴史的にも地理的にも自然的にも社会的にも厳しいからだという考え方がある。
 歴史的に沖縄戦があり、戦後も米軍の占領下に置かれた。地理的に東京から離れている。自然的には台風や気温が高い。社会的には基地があることなどから、「大変ですね」ということで国が支援した。だが私はこれをプラスに変えるべきで、さもなければ堂々と要求できないと思った。
 沖縄には誇るべき歴史がある。今から600年前もアジアの国を駆け巡り、万国津梁で貿易をして、地域に溶け込んだ。さまざまな国の良いところを持ってきて、文化をつくりあげてきた。
 明治維新後は圧政、貧困から抜け出すために當山久三の「いざゆかん我らが家は五大州」という一言にもあるように、ウチナーンチュは海外に出て自分の夢を実現しようという志を持っていた。沖縄は自然的にも世界的にも素晴らしい環境にある。
 社会的に基地があるが、基地はこれから確実に返ってくる。可能性のある魅力的な空間が残っている。沖縄の特徴を、優位性を抱えているということから政策を展開していた。
 沖縄を人、物、情報が行き交う場所にしていきたい。世界中でも、われわれは極めて親和性が高く、人と触れ合うことで富を築き、仲間を増やしてきた。
 県人会という素晴らしい組織もつくってきた。時間軸を大事にして、遠くに行けば行くほど沖縄の伝統文化を大切にすることを、われわれの先輩たちが実践してきた。
 人と人との出会い、これこそが人生だ。3・11以降、日本国民はやっと分かり始めてきたが、ウチナーンチュは昔から絆を持って生きてきたことを高らかに叫びたいと思っている。