比残留日系人が来日 ヤギさん、県系人の可能性


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ヤギ・ホセフィーナさん

 【東京】第2次世界大戦の混乱でフィリピンに残留した日系2世の6人が5日来日し、羽田空港で記者会見を開いた。6人のうち、ダバオ市マアに住むヤギ・ホセフィーナ=日本名・ミチコ=さん(70)について、比残留日本人の就籍を支援する団体の関係者は、沖縄県系人の可能性があるとみている。

 NPO法人フィリピン日系人リーガルサポートセンターによると、ヤギさんの父親はダバオで麻栽培に従事していた。ヤギさんの洗礼記録には父の名前は「セイコ・ヤギ」と記されている。サポートセンターは、ヤギさんの名字は「屋宜」で、父親の「セイコ」という名前も「セイコウ」の可能性があるとみている。

 ヤギさんが生まれた戦時中の1944年、父は日本兵の軍服を着て刀をさしていたという。米軍の攻撃で戦火が激しくなり、ヤギさんが母と一緒に山へ避難した際、ゲリラに拘束された。父は近くに住む母の兄に行方を尋ねるなど、探し回っている姿が確認されたが、その後、消息が分からないという。

 78年に現地のラジオで母と、母の兄を探している日本人がいたが、ヤギさんはその放送を半年後に知った。ヤギさんの父は生きていれば90歳以上とみられる。ヤギさんは「父親に会えていないことで、自分自身の一部が欠けている気がしている。ルーツを知ることは自分のアイデンティティーに関わる問題だ」と語り、父親の情報を求めている。