芸能・文化

ハンディ越え歌三線精進 民謡芸術祭に県外から出演

 【うるま】障がいやがん再発の不安を乗り越え、沖縄の歌三線に情熱を傾ける人々がいる。琉球民謡協会(上原政雄会長)がこのほど開いた第32回民謡芸術祭には、そんな2人が舞台に立った。音色に魅せられ、あるいは生きる励みにと、歌三線に精進を重ねている。

◆不安癒やす「人生の励み」/がんから再起 本田あずささん(兵庫県)
 「三線は人生の励み。がん再発の不安も癒やしてくれる」。本田あずささん(25)=兵庫県尼崎市=は、高校3年の18歳の時に、がんの一種、横紋筋肉種と診断され、1年半の入院生活を送った。入院中にベッドの横で演奏された三線が「心に染み入り、感極まった」と言う。
 演奏をしたのが、琉球民謡協会関西支部の、今の師匠、向井敏二さんだった。父母は奄美大島出身。自らも幼少から琉球舞踊を習っていたこともあり、向井さんに師事するようになった。
 「自然な流れで始めるようになった」と言う本田さん。薬による副作用でつらい時も三線が心を奮起させた。
 新人、優秀、最高賞は一発合格した。「賞をいただき、自信もついてきた。何より三線を通して人とのつながりが増えたことがうれしい」と話す。
 事務職を続けながら、老人ホームへのボランティアにも取り組んでいる。「がんは10年再発しなければ、完治といわれている。あと3年は、半年ごとの検査で再発の不安に襲われ、怖くなる」と言う。ボランティアやライブでお客さんの喜ぶ姿が「何よりの励みと支え」と語る。

◆奥深さ実感「今後も追求」/足に障がい 徳市直之さん(富山県)
 「三線は生きがい、心の支え」。富山県高岡市職員の徳市直之さん(42)は歌三線を本格的に習い始めて8年目。今や教師免許を保持するまでになった。生まれつきの足の障がいで車いす生活だが、めげることはない。ダイビングにも挑む行動派だ。「奥深い三線を今後も追求していきたい」と、ますます意気盛んだ。
 学生時代に船で訪れた県内離島の民宿で、徳市さんは、その音色に魅せられた。以来、サークルなどで自主学習を重ねてきた。神奈川県横浜市鶴見区に住む琉球民謡協会の最高師範、知念榮さんとの出会いが本格的な学びの始まりだ。
 金沢市で月1回土、日曜日に開講する講座に通い続け「上達したいという思いだけから教えを請うてきた」と言う。新人、優秀、最高賞、教師免許は一発合格。「とにかく三線はケースに入れない。常にすぐ手に届くところに置いて」学習に励んだそうだ。
 徳市さんは「内地の人間だが、琉球民謡が好きな気持ちは負けない。三線を通して人の輪も広がり、人生で最も大事なものとなった」と話し、今後も舞台に立ち続けることを目標に据えている。


本田 あずささん

徳市 直之さん