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<メディア時評・電子出版権>新たな「出版の自由」 デジタル時代のルール


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 デジタル時代に即した著作者(作家)と出版社の関係について、来年1月から新しいルールでの運用が始まる予定だ。先の国会で著作権法が改正されて「電子出版権」が誕生、これまで紙のメディアを前提として設定されていた、出版社の権利がインターネットの世界にも拡大されることになった。そもそも出版権とは、本を複製(印刷)する権利を作家から一定期間譲り受け、その間は他人から邪魔されることなく、いわば独占排他的に出版事業を行うことができる権利である。
 知的創造物である作品を生み出した著作者の、まさにわが子を愛(いと)おしく思う気持ちを権利化したのが、著作権であるとすれば、その中核的な権利が「著作者人格権」で、他人が作品を勝手に改変したり、発表したりすることを絶対的に禁止している。一身性といって、他人には譲渡することができない権利だ。一方でビジネス的側面に着目し、複製(コピー)する権利としての「著作財産権」があり、自由に売り買いすることができるようになっている。技術の革新とともに、放送、カラオケなど新しいメディアが誕生するたびに、新しい複製権が作り出されてきた。
 そしてインターネットに対応して生まれたのが公衆送信権で、本来、あるパソコンから別のパソコンにデータを送る際には、技術的には幾多の複製を繰り返すことになるのを、1回の権利処理で済むよう便宜的に定められた、ネット上の複製権ということになる。そして、出版活動が紙からネットにと拡張する中で、旧来の複製権に対応させていた出版権を、あわせて公衆送信権にも対応できるようにするため、有形の出版物(紙の書籍やCD―ROMといったパッケージメディア)に追加して、ネットで配信されるような無形の出版物(電子書籍)についても電子出版権を認めることにしたわけである。

現状改善の一助

 著作権法は、もともと著作権者を守るためにルールを定めたものであるが、今回の法改正はもっぱら出版社側の意向をもとに進められた経緯がある。それは、出版社が育てた作家の作品が、規定がないがために簡単にネット配信されたのでは、初期投資が回収できず出版活動の循環が成立しなくなる、という危惧である。これはいわばマネージャー権とでも言い得るもので、著作権そのものではないがそれに密接にかかわる「著作隣接権」として重要なものであるといえる。実際、レコード会社はすでに類似の権利を有することで、いわばプロデュースすることによって得る利益を守ってきたといえる。
 さらに直接的な権利化の引き金になったのは、自炊と呼ばれるように、だれもが簡単に印刷物をスキャンしデジタル化できるようになったこともあって、紙の出版物がネット上に無断で転載され、本の売り上げが影響を受け出版社が不利益を被(こうむ)るといった状況が発生したことにある。こうした違法行為に、出版社が権利者として迅速に対応することで、少しでも遺失利益を少なくしたいということだ。もちろんそれは、著作者の利益を守ることにもつながる。
 大切なのは、こうした権利化が表現活動の幅を広げ、出版・出版流通の多様性を守ることにつながるかである。単なる出版社の権利囲い込みに終わったのでは意味がないからだ。その点からさしあたり三つのことを確認しておく必要があるだろう。
 第1は、著作者(作家)と出版社の関係の整理である。日本の場合は旧来、口頭契約と呼ばれるように編集者と作家の間で信頼関係に基づいた出版請負が実行されており、事前にきちんとした契約書を締結することはほとんどなかったといわれてきた。むしろ、お金のことは気にしない(ふりをする)ことが美徳とされていたことも関係あるのだろう。また同時に、一般的には出版社が圧倒的に強い地位にあり、作家は黙って判を押すしかない現実も多いとされる。そうした現状を「改善」するための一助に、権利関係の明確化が効果を発揮することが求められる。そうではなく、従来の関係そのままに、単に出版社の権利が強化されたのでは、作家はますます窮屈な立場に追い込まれることになるからだ。
 第2は、法の適用範囲の明確化である。契約書で書き加えられることになるであろう「電子出版権」が及ぶ、メディアあるいは配信サービスとして一体何を指すのか、明確なようで実ははっきりしていない。「電子出版」は極めて幅広いが、デジタル出版物として一般にイメージされる「電子書籍」はそのほんの一部にしか過ぎないからだ。スマホ小説やブログを含め、包括的に電子出版権を特定出版社に帰属させることで、多様な出版形態の可能性を狭める可能性があることに注意が必要である。

読む自由

 そして第3は、出版流通の多様性の確保である。日本の出版社が恐れていたのは外資系のIT企業が、資本力に物を言わせて根こそぎ有力コンテンツである出版物の電子化権を持っていくことであった。そのために、紙の出版段階でネット上の権利を抑えておくことを求めたともいえる。そうした一方で、本気で出版社が出版流通の多様性を守る気があるか、あるいは作家の権利を守ろうとしているかは疑問を抱かせる現実も垣間見える。たとえば、アマゾンが開始した定価割引制度は、明らかに再販の趣旨に反するものであるが、大手出版社はアマゾンでの自社の売り上げなどを勘案してか黙認の構えだ。それは結果として、リアル書店の経営を圧迫することで出版流通の単線化を加速化させ、読者の読む自由を狭めることにつながりかねないだろう。あるいは電子海賊版に文句をつけるのは有名作家の場合だけで、その他大勢の著作権者は結局放っておかれるのではないかという声が消えない。
 出版界とともに電子出版事業に参入するIT関連企業には、こうした疑問に応えつつ、(短期的な利益を求めるよりも)長期的な視野に立って新たなルールを確立していくことを求めたい。
(山田健太、専修大学教授・言論法)