『絶景のポリフォニー』 異界に姿を変える日常


社会
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『絶景のポリフォニー』石川竜一著 赤々舎・5000円+税

 この本は、私がこれまで見てきた写真集とは明らかに毛色の違った一冊である。ここには、分かりやすいテーマもなければ、オーロラや巨大な滝のような壮大な自然の“絶景”も登場しない。では、つまらないかと言えば、そんなことはない。むしろ、困惑してしまうほどの刺激に満ちている。

 ここに収められている写真の多くは、何気ない日常の光景を写したものである。しかし、そうしたありふれた景色も、石川竜一氏の視点を介して提示されると、たちまち緊張感の漂う異界へと姿を変える。石川氏のカメラには現実を“真空パック”してしまう力があるようで、どの写真も生々しく、野性味にあふれている。
 中には、経血を流す女性の下半身や、立ち小便をする女装の男など、きわどい写真もある。ただ、そこにいやらしさが感じられないのは、それらの被写体と向き合う石川氏の真剣さが写真を通して伝わってくるからである。これらの稀有(けう)な場面に遭遇した石川氏の嗅覚と、それをカメラに収めようとした感性、そして、そこでシャッターを切ることを可能にした運動神経に、私は最も評価されるべき点があると考える。
 最初のうちは、強烈なイメージにばかり目を奪われがちになるが、冷静に写真を見ることができるようになれば、いくつもの発見が待っている。それは、例えば、色彩の豊かさであったり、左右に組まれた写真の構造的(物語的)な関係性であったりする。そうした多様な“読み”を許す点も、この写真集の大きな魅力の一つである。
 正直なところ、好き嫌いがはっきりと分かれる写真集なのではないかと思う。そういった意味では、問題作と言ってもいいかもしれない。グロテスクな描写もあるため、手放しに「オススメです!」と言えないことがもどかしいが、私としては、注目すべき写真家が一人増えたことをうれしく思っている。(野原誠喜・翻訳業)
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 いしかわ・りゅういち 1984年、宜野湾市出身。沖縄国際大卒。前衛舞踏家しば正龍に師事。写真家・勇崎哲史に師事。2012年、第35回キヤノン写真新世紀佳作受賞。

絶景のポリフォニー
絶景のポリフォニー

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石川竜一
赤々舎 (2014-11-18)
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