ポールの49年ぶり武道館公演を聴く


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ポール・マッカートニーが49年ぶりにライブを行った東京・日本武道館=4月28日

いつか日本ロック史の伝説に
 「歴史的な出来事を、自分の目で見てみたい」。筆者が新聞記者になろうと決めたのは、それが動機の一つだった。記者になって間もなく20年。自分のこれまでの記者生活を振り返ると、若いころに抱いていた志を維持できていないのではないかと、いささか恥ずかしい思いもするが、4月28日に久しぶりに歴史を意識する取材をした。東京・日本武道館で開かれた元ビートルズのポール・マッカートニーのライブだ。

 ポールがビートルズの一員として来日し、武道館で公演したのは1966年。千昌夫のヒット曲『星影のワルツ』がリリースされ、マイク真木の『バラが咲いた』などがヒットした年で、ロックは「不良の音楽」と、まだ幅広い世代に受け入れられていなかった。ビートルズが来日公演の会場に武道館を使うことに対しては「武道のための神聖な場所でロックコンサートをやるべきではない」という批判もあった。当時はまだロックに“市民権”がなかったのだ。
 だからこそ、なのだろうか。英国からやってきた4人が当時の日本人に与えたインパクトはとてつもなく大きなものだった。ビートルズに憧れて、ミュージシャンを志した若者は数知れず。4月に死去したグループサウンズ「ザ・ワイルドワンズ」のリーダー、加瀬邦彦さんもその1人だ。やがて武道館は多くのアーティストにとって憧れの場所となり、ビートルズの初来日公演は伝説となった。
 4月28日のポールのライブは予定より1時間半遅れ、午後8時ごろに始まった。開演を待つ観客の顔は、歴史的なステージを見られることへの期待であふれ、ポールが姿を見せると興奮は最高潮に達した。72歳になったポールは顔にしわが目立つようになっていたが、生気に満ちたパフォーマンスを披露。代表曲『キャント・バイ・ミー・ラブ』からスタートし、アンコールを含む全28曲を一気に歌い上げた。
 「49年ぶりに武道館に戻ってくることができて、とても興奮したと同時に、これまでの日本でのショーでも最高のものだったと思う」と、終演後にコメントを出したポール。聴衆のほとんどが同じ気持ちだったと思われるが、66年の公演で披露した楽曲のうち、今回演奏したのは『ペイパーバック・ライター』と『イエスタデイ』だけだった。当時演奏した楽曲をもっと聴けると期待していたファンにとっては、やや肩すかしだったようだ。筆者の隣の席にいた観客に感想を尋ねると、「最後の武道館公演になるだろうから見にきたけれど…」と不満を打ち明け、ライブを締めくくる『ゴールデン・スランバー』のイントロが流れると、席を立ってしまった。
 ファンの期待が高すぎたのか、ポールにとって武道館はコンサートホールの一つに過ぎないのか、それともほかの事情なのか、その理由は分からない。ただ、そういったことも含めて、今回のライブもいつの日か、日本のロック史を飾る伝説になっていくのだと思う。近い将来のポールの再来日に期待しながら、興奮の余韻が残る武道館をあとにした。(松木浩明・共同通信記者)
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松木浩明のプロフィル
 まつき・ひろあき 1996年に入社し、文化部で音楽担当。英国を訪れたときに、アビイ・ロードに行かなかったことを後悔する日々。
(共同通信)