会場の不思議な一体感に感動 サントリーホールの“バリアフリー演奏会”


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 東京・サントリーホールで6月に開かれた室内楽の音楽祭「チェンバーミュージック・ガーデン」。スター音楽家を集めた華やかなステージも注目を集めるが、変幻自在な室内楽ならではの意欲的な取り組みも見逃せない。一般に公開されている公演ではないが「車いす利用者のための室内楽演奏会」もその一つ。特別支援学級の中高生ら約120人と一緒に楽しませてもらった。

 今年で3回目というこの公演は、米ニューヨークを拠点に世界的に活躍するバイオリン奏者の渡辺玲子さんがプロデュースして演奏。ピアノには若林顕さん、チェロは堤剛さん、元東京クヮルテットのバイオリン奏者の池田菊衛さんとビオラ奏者の磯村和英さんも出演した。
 普段は音楽会を見に行く機会などなかなかないという特別支援学級の子どもたち。演奏中は息をひそめ、間違えて楽章間に拍手をしようものなら白い目で見られてしまうようなクラシックの演奏会だ。老婆心ながら、約1時間の長丁場を“おとなしく”聞くことができるのだろうかと不安がよぎる。東京都立光明特別支援学校の田添敦孝校長は「みんな楽しみにしてたんですよー」とニコニコしている。
 奏者が登場すると、ホール内の空気が一変した。楽器を構えた瞬間、子どもたちの集中力がステージに集まるのが分かった。演奏が始まると、みんなの聴き方はさまざまだった。じっと聞き入る子もいれば、思わず体が大きく揺れる子、顔がステージと逆を向いてしまっている子も。中には手拍子が鳴ったり、叫び声が上がったりすることも。しかし手練れの奏者たちはまったく意に介さず、美しい音色をコロコロと紡ぎ出していく。そして子どもの騒ぐ音が次第に、演奏に合わせているように聞こえてきた。ホール全体が、独特の調和を生み出しているようだ。
 かわいらしいシューベルト作品にメロディアスなショパン、迫力のベートーベンと客席も一緒に盛り上がる。最後の曲はブラームスのピアノ五重奏曲。緊張感あふれる出だしからのスリリングな展開に、子どもたちが息をのむのが伝わってくる。楽章間の拍手は、もう起きなかった。
 演奏が終わると、大きな拍手が起こった。ステージも客席も、みな笑顔だ。不思議な一体感に、思わず感動を覚えた。いつもと違う環境での演奏会だが、渡辺さんは「反応がストレートで、とても楽しい演奏会です」と話す。客席には、卒業してもこの演奏会を聴きたくて、個別に希望して参加した男性も。田添校長の「やはりこの子たちは、健常の子たちよりどこか感覚が鋭いところがあるんだと思います」という意見には納得だ。障害があっても楽しめる演奏会。2020年の東京五輪・パラリンピックに向けてバリアフリーの充実が叫ばれて久しいが、実際はこのような演奏会はほとんどないのが実情だ。階段にスロープやエスカレーターを付けるのと同じくらい、そういった「機会」を設けることも本当の意味でのバリアフリーではないだろうかと思った。そこから本物の、“現代のベートーベン”が生まれるかもしれない。(加藤朗・共同通信社記者)
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加藤朗のプロフィル
 かとう・あきら 文化部で生活面の原稿を担当。最近は教育担当として子どもの周辺を取材することが増えていますが、現代の子どもたちがあまりに忙しいのに驚いています。
(共同通信)

「車いす利用者のための室内楽演奏会」を楽しむ子どもたち(サントリーホール提供)
加藤朗