【島人の目】 仲宗根雅則/サンレモ音楽祭


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 イタリアの「紅白歌合戦」とも言える国民的番組「サンレモ音楽祭」が先日終わった。昔、ジリオラ・チンクエッティを世に送り出し、今年で第五十五回目。根強い人気を誇ってきたが、近年は日本の紅白歌合戦と同じようにマンネリや視聴率の低下が指摘されて元気をなくしていた。
 番組は今年、起死回生を狙って大きな賭けに出た。ボクシングの元世界ヘビー級王者、マイク・タイソンをゲストに呼んだのである。タイソンは知名度抜群だが、女性暴行容疑で起訴されている。「そんな人間をゲストに呼ぶのか」「非常識だ」「恥知らずだ」などさまざまな批判が渦巻く中、顔に刺青を彫り込んだあの男がステージに立った。
 彼はそこでレイプ事件についてうわさを否定する代わりに、「私は天使ではない。気が短く、稼いだ金を紙クズに変える能力を持つバカな“錬金術師”だ」と自らを規定してみせた。ここで番組の視聴者は、タイソンが筋肉と暴力と金にまみれた、ただの野獣ではなく、弱さも併せ持つ、極めて人間的な男であるらしいと気付き、番組の視聴率もハネ上がった。
 元ヘビー級王者が本当にレイプ魔であるか、どうかは後日アメリカの司法が判断するだろう。が、たとえそこで有罪の判決が出ても、この夜タイソンを見た多くの視聴者は、彼が間違いを冒しやすい人間であり、実際に間違いを犯したのだと思いもするだろう。
 他人の間違いを認めるのは「許し」につながり、人は許すことで自らも救われる。僕はその夜、タイソンをゲストに呼ぶことで、「死に体」の国民的番組と多くの視聴者の心を救ったかもしれないサンレモ音楽祭の制作者たちの勇気に、ひそかに快哉(かいさい)を叫んだものである。
 (イタリア在住・TVディレクター)