地域限定だからこそ選ばれる。
小さな島豆腐店の魅力
かつては集落に数件あることも珍しくなかった、沖縄ならではの島豆腐店。時代の変化とともに小規模な製造者は減少の一途をたどるが、地域に根ざした形態で、豆腐作りを続ける製造者もいる。金武町屋嘉の「山田とうふ店」もその一つ。ほっとするような優しい味わいはどのように作られているのだろう。製造現場を訪れてみた。
山田とうふ店の商品が買えるのは、金武町内を中心に、宜野座村からうるま市勝連辺りまで。工場から近いエリアでは、昔ながらのあちこーこー(熱々)で販売される豆腐が人気だ。
現在代表を務める山田政浩さんは2代目。両親の政哲さん、スエ子さんが60年以上前に創業した。工場の敷地に入ると、生しぼりされた豆乳の甘い香りが漂ってきた。
「うちの豆腐の特徴は豆の風味があること。食感はプリンみたいでなめらか」
そう教えてくれたのは、政浩さんの妻・孝子さん。島豆腐やゆし豆腐は、それ自体は主張せず、繊細な食感や風味を楽しむ食材。大豆の質や塩、凝固剤の分量など、ちょっとした要素に気を使っているそうだ。「煮付けに使っても違いがわかります」と次男の裕太郎さんも話す。
最近では、那覇や名護から工場まで豆腐を買いに来る人もいる。そんなファンを獲得できたのは、政浩さんたちが品質を安定させることに長年注力してきた成果だ。
あちこーこーを未来に
山田とうふ店の朝はとにかく早い。
政浩さんの仕事開始はなんと深夜1時(毎日19時ごろ就寝、0時半起床している)。工場は1日3回転。5人の従業員で、交代で休みを取りながら、製造だけでなく配達もこなす。朝一番の製造と配達は、食堂や弁当店からの注文もあるため特に忙しいのだとか。
2021年、国際的な衛生管理基準、HACCP(ハサップ)が県内の豆腐製造業者にも義務付けられた。あちこーこーの豆腐販売には温度や時間などの規制が設けられる。
従来の製造・販売方法を続けられなくなったことで、同業者が事業をたたんだり、管理が容易なパック豆腐の製造に集中する中、山田とうふ店は、温度を保つための機材を新たに導入。配達の回数も増やした。
厳しい条件だったが、自慢の商品を未来に残したいと決断した。
一推しの商品は
政浩さんが「どこにも負けません」と照れながらもおすすめするのは「山田のカップ入り湯しどうふ」。絶妙な固まり具合で販売されるゆし豆腐だ。島豆腐などを製造する工程で少量だけ作られ、あちこーこーが配達可能な地域のみで販売される。手に入れることができたら、まずは何も加えず、鍋で温めて食べてほしい。なめらかさと優しく濃厚な大豆の風味が楽しめる。
忙しい作業の合間、裕太郎さんが「大きく手を広げず、地道に豆腐作りを続けることが目標」と語った。豆腐の味を守り、これからも地域の人をよろこばせたいという。
声の届くような、近い場所に向けて作ることは、食品の背景を重視する現代的なニーズに応えることにもつながる。山田とうふ店が大切にしているのは、当たり前のものがおいしい、という日々の幸せだった。
(津波典泰)
山田とうふ店
金武町屋嘉2316
TEL 098-965-1960
取材協力:前田そば、Proots
(2023年10月26日付 週刊レキオ掲載)