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アイデンティティーを奮起 著名な米国のユダヤ人文学者 鈴木 多美子


アイデンティティーを奮起 著名な米国のユダヤ人文学者 鈴木 多美子
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報朝刊

 ヨーロッパから移民の多くがアメリカ到着の際に目にするのが自由の女神像だ。女神像の足元には引きちぎられた鎖と足かせ、そして手にはたいまつ。それらは抑圧、奴隷制から解放された移民らが新天地での前途に希望と勇気を抱かせる象徴になった。米国は1892年から1954年まで1200万人以上の移民を迎え、ユダヤ系は1882年ごろから大挙してアメリカへ渡り、その数は約200万人にのぼった。
 台座に刻まれた詩「疲れし者、貧しき者を我に与えよ。自由の空気を吸わんと熱望する人たちよ。身を寄せ合う哀れな人たちを。住む家もなく嵐にまみれしものを我に送りたまえ。我は黄金の扉にて灯を掲げた」は、詩人で作家のエマ・ラザラス作だ。
 裕福なユダヤ人一家に育ったラザラスは、ワスプの仲間入りをした父親の肝いりでニューヨークのエリートの中で育つがある日、自分が唯一ユダヤ人である事に気付く。そして彼女の特権的な地位は、彼女自身を平穏な場に居続けさせる事にはならず、逆にユダヤ人のアイデンティティーを奮起させた。
 ラザラスは反ユダヤ主義、外国人排斥、不平等を批判するエッセーを書く事で文学と活動家としての思いを融合させた。ユダヤ人難民が英語を学び雇用と住居を確保できるよう資金調達などの支援に尽力した。台座の詩は、新天地でのユダヤ人難民に向けて鼓舞する力強さと優しさを感じる。「私たち全員が自由になるまで私たちは誰も自由でない」と言う、美しく凜としたラザラスは、38歳の時に病気で亡くなるまでペンの力で闘った。
 ユダヤ人とは何か? ユダヤ人は何故に苦しむのか? というテーマを扱いながら、人間の本質に迫る作品を残した作家バナード・マラマッドはロシア系ユダヤ人。帝政ロシアの反ユダヤ主義について書いた「フィクサー」はピュリツァー賞を受賞した。
 1975年にピュリツァー賞、翌年にノーベル文学賞を受賞した、現代米国の代表的作家ソール・ベローは、貧しいロシア系移民の子であった。階級社会のアメリカを描き、アメリカの抱える問題を提起している。日本にもファンが多く89年に日本ソール・ベロー協会が創立された。
 フィリップ・ロスはウクライナ系のユダヤ人で、キリスト教国で暮らすユダヤ人の苦悩、父と息子の葛藤などを描き、「ポートノイの不満」はニューヨークに住むユダヤ青年の葛藤を描きベストセラー1位になった。「アメリカンパストラル」でピュリツァー賞を受賞し他にも多くの文学賞を受賞し作品の多くが映画化された。
 (バージニア通信員)