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伊江島灯台職員ら8人追悼 沖縄戦で破壊 遺族や知事らが参列


伊江島灯台職員ら8人追悼 沖縄戦で破壊 遺族や知事らが参列 慰霊碑に献花する遺族の新垣幸子さん =21日、伊江村の伊江島灯台
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 【伊江】79年前の沖縄戦の激しい空爆で破壊された伊江村の伊江島灯台で21日、灯台守の責務を果たして殉職した3人と家族5人を弔う慰霊の式が開かれた。
 灯台を管理する第11管区海上保安本部の坂本誠志郎本部長や名城政英村長、父親が灯台職員だった新垣幸子さんら遺族関係者が参列。同日、芳魂之塔平和祈願祭に出席した玉城デニー知事や県議会の照屋守之副議長も参列した。参列者は慰霊碑に献花や焼香をして8人を追悼した。
 初代の伊江島灯台は、台湾や南方への航行船舶の安全確保のため、1897年に明治政府が設置した。県では先原埼灯台、津堅島灯台に次ぐ3番目の大型沿岸灯台。八角形鉄造で約30メートルの高さの灯台は日本一の高さを誇り、村民から「東洋一の灯台」と呼ばれ親しまれた。
 1945年4月当時、田中吉樹灯台長、平良哲夫技術員、村出身の玉城力技術員が勤務していた。伊江島に上陸した米軍の砲撃で官舎が破壊され、田中さんの家族5人を含む8人が亡くなった。
 現在の灯台は54年に米軍が再建。復帰の72年から海上保安庁が灯台の管理を引き継いでいる。33回忌にあたる77年に灯台構内に慰霊之碑が建立された。
 坂本本部長は「灯火(ともしび)を守り殉職された職員とその家族の貴い意思をしっかりと引き継ぎ、職員一丸となって安心安全の確保のため一層職務に精励する」と誓いの言葉を述べた。