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【特集】新垣比菜、ツアー6年ぶり優勝 「黄金世代」涙の復活、軌跡を振り返る


【特集】新垣比菜、ツアー6年ぶり優勝 「黄金世代」涙の復活、軌跡を振り返る 通算14アンダーで優勝し、トロフィーを手に笑顔を見せる新垣比菜=2日、ヨネックスCC
この記事を書いた人 Avatar photo 古川 峻

 女子プロゴルフの新垣比菜(うるま市出身、興南高出、ダイキン工業)が、ヨネックス・レディース(5月31日~6月2日、新潟県ヨネックスCC)で6年ぶり2度目の復活優勝を果たした。初日は69で12位につき、2日目にボギーなし1イーグル、7バーディーの63でベストスコアをたたき出し、単独首位に。最終日も集中力を切らさず70で回り、通算14アンダーで逃げ切った。最終18番で、順位ボードの最上位にいる自分の名前を見ても、新垣は「信じられなかった」という。優勝から遠ざかっていたが、悩み苦しんだ末に夢に見た景色に再びたどり着いた。

第2日、17番でショットを放つ。通算12アンダーで首位
優勝し、キャディーで兄の我如古夢蔵さん(右)と抱き合う

 雨の最終日。荒天予報でスタートが早まった新垣比菜は、他の選手と違って最後まで崩れなかった。ウイニングパットを沈めると、キャディーとして支えてきた兄の我如古夢蔵(むさし)さんが号泣。新垣は兄と抱き合うと、涙があふれてきた。「初優勝みたいな感覚。いろいろ悩みながら、やることが多かった」。復活した25歳は目を潤ませ、柔らかな笑顔で周囲の祝福に応えた。

 世代別でツアー優勝者が最多の「黄金世代」。2011年に大会史上最年少出場(12歳2カ月)でダイキンオーキッドに出場し、13年から5年連続でベストアマチュアを獲得した。興南高2年でステップアップツアーアマ史上3人目の優勝。プロ入り2年目のサイバーエージェントでツアー初優勝を飾った。

 若くして華々しい成績を残してきたが、20―21年シーズンにシード落ちすると、不調が続いた。22年に青木翔さんがコーチに就いてスイングから作り直した。落ち込みがちな新垣とは対照的な性格という、明るい我如古さんがキャディーとして励ましてきた。

 白眉だったのは大会2日目。チップインイーグルを決めたほか、パターがさえ渡った。やや重たい芝に新垣は「弱々しいパッティングを減らしたかった」とカップをオーバーすることを恐れず、自己ベストをたたき出した。「自分のゴルフじゃないような不思議な1週間だった」

 今季15試合中8試合で予選落ちしているが、周囲は数字に表れない変化を語る。父の新垣博昭さんは「練習を嫌っていたのに、よく練習するようになった。目つきが変わった」、ジュニア時代からの友人の沓澤莉子さんは「(これまでと違い)『早く優勝したい』と強気な言葉が出ていた」と話す。

 消極的なこれまでの姿勢から打って変わり、力強いゴルフを貫いた今大会。久々の戴冠は初優勝時よりも喜びが大きかったという。

 「また優勝できたら最高」。苦しい時期を乗り越え、新たな見晴らしを切り開いた。

 (古川峻)

最終日、優勝を決め笑顔を見せる

新垣 比菜(あらかき・ひな)

 うるま市出身。兼原小―具志川中―興南高出。165センチ。8歳からゴルフを始め、2011年、兼原小6年生の時にダイキンオーキッドレディス(琉球GC)にプロツアー初出場。12歳2カ月の大会史上最年少出場だった。同大会では13年から5年連続でベストアマチュアを獲得。興南高時代はエナジックゴルフアカデミー(名護市瀬嵩)に所属し、3年時に日本ジュニア選手権(15~17歳の部)で優勝した。17年度のプロテストに合格し、18年にダイキン工業と契約。同年5月、サイバーエージェント・レディース(静岡県グランフィールズCC)でツアー初優勝を果たした。24年6月、ヨネックス・レディース(新潟県ヨネックスCC)でツアー通算2勝目を挙げた。


大きな感動与えた 中村正人うるま市長

中村正人うるま市長

 新垣比菜選手、6年ぶりの日本女子ゴルフツアー優勝誠におめでとうございます。日々の厳しいトレーニングを重ねた本人の努力はもとより、スタッフ・関係者をはじめ、ご家族の皆さまの支えのたまものであり、深く敬意を表します。

 うるま市は「感動」で地域産業を元気にするまちづくりを推進するため「感動産業特区」宣言を行いましたが、この快挙はまさにその目的を体現し、多くの市民に「大きな感動」を与え、夢と希望を届けております。新垣比菜選手の今後、ますますのご活躍を祈念いたします。