全国から寄付された余った母乳を、小さく生まれた赤ちゃんに届ける「母乳バンク」。欧州から100年遅れで日本でもようやく動き出した。このドナーミルクはこうした子が健康に育つ決め手となり、関係者は利用を広く呼びかけている。
未熟な体に優しい
日本にも近所の母親に分けてもらう「もらい乳」の風習があった。粉ミルクの普及で消えたが、母乳バンクはその大規模な現代版と言える。届いた母乳は細菌や成分を検査し、62・5度30分間の低温殺菌の上で冷凍保存され、求めに応じ全国の新生児集中治療室(NICU)に提供される。
ドナーミルクの重要性が増した背景には、周産期医療の進歩がある。1500グラム未満の極低出生体重児の割合が増え、500グラム未満でも約7割が助かるようになった。
かつては「未熟児」と呼ばれた、こうした低体重児や早産児はまさに臓器が未熟。粉ミルクで育てると死の危険もある壊死(えし)性腸炎のほか、慢性肺疾患や未熟児網膜症、脳出血、感染症などのさまざまな合併症が起きやすい。ドナーミルクはそのリスクを下げてくれる。
世界標準
「母乳は免疫グロブリンや成長因子など人工乳にない多くの物質を含み、赤ちゃんの臓器を早く成熟させ、健康に育ててくれる完全食品」。バンク構想を進めてきた昭和大医学部小児科の水野克己教授はこう説明する。
早産では当初は母乳が出にくいこともある。母親の病気治療で母乳を使えないことや、子を残して亡くなることも。栄養を静脈から点滴で入れる方法もあるが、使われない腸は萎縮してしまう。
水野さんは「母乳が使えるようになるか、粉ミルクで大丈夫なほど成長するまでドナーミルクでつなぐのが世界標準」と強調する。長くても3カ月ほどだという。
まずは3千人に
世界初のバンクは1909年にウィーンで誕生し、今では66カ国750カ所以上あり、増え続けている。日本でも60年代に病院内での試みはあったが、本格的なものは水野さんらが組織した日本母乳バンク協会が2020年9月に開設した「日本橋母乳バンク」(東京)が最初となる。
その活動に賛同した日本財団の支援で22年4月、5千リットルもの母乳貯蔵施設を備えた日本財団母乳バンク(同)が開設され、今年6月には愛知県の藤田医大病院に3カ所目のバンクを設置するなど整備は急ピッチだ。
国内でドナーミルクが必要な新生児は年間5千人と見積もられるが、二つのバンクが22年度に提供したのは計813人。「まずは現行設備で対応できる3千人を目標に」(水野さん)という。
米国ではNICUの70%以上がドナーミルクを使うが、日本では6月15日現在、極低出生体重児を受け入れる190施設の42%、81施設が使うにとどまり、まずはこれをどう増やすか。ドナー登録施設がまだ少ないことなど、ほかにも課題は多いが、赤ちゃんの状態に応じたミルクを提供する構想もある。日本財団母乳バンク理事長も務める水野さんは「家族に費用負担はないし、病院も損はしない。まずはドナーミルクの存在と有用性を知ってほしい」と訴えている。
日本財団母乳バンクの水野克己理事長(右)と田中麻里常務理事