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人間の尊厳 原点に立ち返り交渉を<佐藤優のウチナー評論> 


人間の尊厳 原点に立ち返り交渉を<佐藤優のウチナー評論>  佐藤優氏
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報朝刊

 19日、ニューヨークの第78回国連総会において岸田文雄首相が一般討論演説を行った。その内容が実に興味深い。

 <議長、世界は、気候変動、感染症、法の支配への挑戦など、複雑で複合的な課題に直面しています。各国の協力が、かつてなく重要となっている今、イデオロギーや価値観で国際社会が分断されていては、これらの課題に対応できません。

 我々は、人間の命、尊厳が最も重要であるとの原点に立ち返るべきです。我々が目指すべきは、脆弱(ぜいじゃく)な人々も安全・安心に住める世界、すなわち、人間の尊厳が守られる世界なのです。

 国際社会が複合的危機に直面し、その中で分断を深める今、人類全体で語れる共通の言葉が必要です。人間の尊厳に改めて光を当てることによって、国際社会が体制や価値観の違いを乗り越えて、人間中心の国際協力を着実に進めていけるのではないでしょうか>(19日、首相官邸HP)

 米国は、民主主義という普遍的価値観を世界的規模に拡大する価値観外交を展開している。日本もウクライナ戦争では民主主義陣営のウクライナを支援し、権威主義的なロシアと対決するという姿勢を取っている。しかし、今回の国連演説で岸田氏は「イデオロギーや価値観で国際社会が分断されていては、これらの課題に対応できません」と明確に述べている。これは価値観外交からの決別だ。

 岸田政権の外交を見ていると西側諸国との連携を必要とする場合は、民主主義や人権という価値観を強調する。しかし、中東の産油国や東南アジア諸国との関係においては、価値観を前面に押し出さず、実利を追求しようとする。その際には相手国の文化、伝統、宗教などに敬意を払う。このハイブリッドな外交を岸田氏は「人間の尊厳」というキーワードで表したのだと思う。

 辺野古新基地建設問題についても、県は「人間の尊厳」、我々の文脈では「沖縄人の尊厳」という観点から、中央政府と話し合ってみる必要がある。「我々沖縄県民は、人間の命、尊厳が最も重要であるとの原点に立ち返るべきです。我々が目指すべきは、脆弱な人々も安全・安心に住める世界、すなわち、人間の尊厳が守られる世界なのです」と伝えてみるといい。岸田氏も政治家として「人間の尊厳」については真面目に考えていると思う。沖縄側からあらゆる機会を用いて岸田氏と真の対話ができる環境を準備することも必要と思う。

 日本の学者に対しても「人間の尊厳」をキーワードにして訴えてみよう。

 <琉球王家の子孫という県民らが、昭和初期に旧京都帝国大(京都大)の研究者によって今帰仁村の風葬墓「百按司(むむじゃな)墓」から研究目的で持ち去られた遺骨の返還などを大学に求めた琉球遺骨返還請求訴訟の控訴審判決で、大阪高裁(大島真一裁判長)は22日、請求を退けた一審京都地裁判決を支持し、原告側の控訴を棄却した。一方、付言で遺骨の返還は世界の潮流になりつつあるとし、「持ち出された先住民の遺骨は、ふるさとに帰すべき」と指摘。訴訟では問題解決に限界があるとし、関係者による話し合いを促した>(23日、本紙電子版)

 本件についても「人間の尊厳」という観点から、京大の学者たちと膝をつき合わせて議論することが必要と思う。

(作家、元外務省主任分析官)