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夫の死後、提供精子で妊娠 医療現場で確認、限界 ドナーの法的立場、混乱


夫の死後、提供精子で妊娠 医療現場で確認、限界 ドナーの法的立場、混乱
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報朝刊

 提供精子による生殖補助医療を巡り、夫の死を医師に知らせず体外受精を受けた女性の妊娠が判明、医療現場での確認の限界が露呈した。生殖補助医療の法制化に関し、専門家は「ドナーは父となり得ないと明記するべきだ」と指摘する。

苦渋

 提供精子を用いた治療について、日本産科婦人科学会は「施行ごとに夫婦の書面による同意を得る」と定めている。ただ治療の過程で夫が亡くなっても、それを伝えられなければ医療機関が全て把握するのは難しい。

 今回の問題を経験した「はらメディカルクリニック」(東京都渋谷区)は提供精子を用いた体外受精に関し、同意書の提出に加え、受精卵(胚)移植当日に夫に電話で意思確認するなど複数の再発防止策を打ち出した。

 クリニックのヒアリングで、ルールに違反しても妊娠することへの強い思いを明かしたという女性。「信頼で成り立つこの医療の根幹を揺るがす」。宮崎薫院長のコメントには苦渋がにじむ。

嫡出推定

 民法によると、婚姻成立から200日経過後または婚姻解消から300日以内に生まれた子は嫡出推定により父子関係が成立する。夫が生殖補助医療に同意していた場合、民法特例法の適用により嫡出を否認できない。

 夫の死後に提供精子を用いた生殖補助医療が行われたケースでは、どうなるのか。

 水野紀子白鴎大教授(民法・家族法)は「嫡出推定期間中に出産した場合は嫡出推定が働く」とする。

 夫の死亡と治療の時期が離れ、子の出生時期が夫の死亡から300日を超えた場合は非嫡出子(婚外子)となる。母ないし子がドナーの情報を得た場合、ドナーへの認知請求の余地が生じるが、法的にどんな結論になるかは不透明だ。

 水野教授によると「まず夫の生前の生殖補助医療への同意が施術時まで持続していたとみなし、その効果として嫡出推定がかかると解釈される余地がある」という。嫡出推定が認められないとドナーによる認知が可能になるが、ドナーの意に反した強制認知の訴えは「権利の乱用」と判断される可能性が高いとみる。

 最高裁は2006年、相続絡みの親子関係不存在確認訴訟の判決で「著しく不当な結果をもたらす場合には権利の乱用に当たる」とした。

 水野教授は、ドナーと子の間で扶養義務や相続権が生じる認知請求の場合も、同じ論理が適用されうるとの立場だ。

前提通用せず

 二宮周平立命館大名誉教授(家族法)は異なる見解を示す。「妻の妊娠時、夫が既に死亡していたことが立証される場合には、嫡出推定は適用されない」と指摘。

 出生時期に関わらず、子がドナーに認知請求するケースがあり得るとする。

 夫が生前、生殖補助医療に同意していても、治療実施時点の同意とはいえず、子による嫡出否認も可能という。

 提供精子による妊娠・出産に関し、嫡出推定があるので親子関係の問題は起きないとの前提は必ずしも成り立たない。個人間のやりとりなどを通じ提供精子で子どもをつくるレズビアンカップルもおり、ドナーが認知を求められたり、逆にカップルの意向に反して認知しようとしたりといった事態が起こり得る。

 二宮名誉教授は「子を持ちたいとの願いを、性的少数者であることを理由に退けるのは適切ではない」とした上で「生殖補助医療の対象や手順といったルールを法律でしっかり定め、親子関係についてもドナーは『父』とはなり得ないと明記する。それが今、何より求められる」と強調した。

※注:白鴎大の「鴎」は「区」が「區」

(共同通信)