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<表層深層>医療者の「選択肢提示」増 提供底上げへ在り方模索    


<表層深層>医療者の「選択肢提示」増 提供底上げへ在り方模索     医療関係者らと選択肢提示について議論する岡山大病院の中尾篤典教授=8月、熊本市
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報朝刊

脳死判定1000例超

 脳死判定が千例に到達した。臓器提供者数は国際的に低水準で、不足の解消が求められる。一方で、患者や家族に提供を強いるようなことがあってはならない。鍵になり得るのは、医療者から家族らに脳死提供の道があると伝える「選択肢提示」。近年は臓器提供のきっかけの大半を占める。医療現場は患者や家族の意思をかなえるべく、より良い選択肢提示の在り方を模索する。 (1面に関連)

タイミング
 「大切なのは人の死と向き合うこと。増やそうとするのは頑張りの方向が違う」。8月19日、熊本市内の会議室。岡山大病院高度救命救急センター長の中尾篤典教授が、50人ほどの医療関係者を前に、こう訴えた。
 移植医療に携わる人材を育てようと熊本赤十字病院が初めて主催した研修会。交通事故で病院に運ばれた50代男性が脳死の可能性が高い状態になったと想定し、家族への病状説明や病院内での情報共有のタイミングをシミュレーションした。
 「脳死判定を見たいと言われたら?」「いつ選択肢を提示する?」。大分、沖縄などからも集まった参加者らは、さまざまな問いに向き合った。
 2019年5月~23年3月末の岡山大病院の臓器提供数は19件と国内最多。だが中尾教授は提供を増やしたいという考えはないと言い切る。「唯一あるとすれば、患者さんの亡くなり方を考えている。こんな死に方をさせたらあかん、と一生懸命にやった結果、臓器提供になるケースがある」

きっかけ
 提供するかどうかを決めるのは、あくまで患者やその家族。中尾教授は、その機会を奪わぬため、治療を尽くした上で医療者が選択肢提示を「絶対にしなければならない」と強調する。
 目の前で大切な人を失いつつある人に臓器提供を切り出すのは、移植医療に携わる医師や看護師らにとっても簡単ではない。それでも選択肢提示が提供の端緒になるケースは多い。
 日本臓器移植ネットワークによると、臓器移植法の改正により家族の承諾で脳死提供が可能になった10~22年の計803件のうち、家族承諾事例が628件。きっかけを調べると、選択肢提示をはじめとする医療者からの情報提供が増えており、ここ数年は脳死提供の7~8割を占めている。

重圧
 今年8月上旬に愛知県内の病院で脳死と判定された10代女児の家族は移植ネットを通じてコメントを発表し、病院から選択肢提示を受け葛藤した胸の内を明かした。「親が子どもとの別れの日を決めなくてはいけないという重圧」。毎日悩んだ末に、何人もの命を助けられるのであればと決断したという。
 厚生労働省の21年の調査では、臓器提供の体制が整っている436施設のうち、患者に提供意思があるかどうかを事前に確認していたのは約3割だった。それ以外では、提供という道があることを伝えられない患者や家族も多いとみられる。
 厚労省は23年度から、選択肢提示の実施状況の調査を始めた。マニュアル作成などに活用する考えだ。担当者は「患者や家族の希望をかなえるためにも、適切に確実に選択肢提示がされる必要がある」と話している。