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寄稿 漫画「瓜を破る」の魅力 ひらりさ さみしさ抱く人々への愛


寄稿 漫画「瓜を破る」の魅力 ひらりさ さみしさ抱く人々への愛 ひらりささん
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報朝刊

 性体験がない30代女性が主人公の漫画「瓜(うり)を破(わ)る」(板倉梓作、芳文社)が話題だ。累計発行部数が電子版を含め210万部に達し、実写ドラマ化も決定。この漫画の魅力を、恋愛漫画に詳しい文筆家のひらりささんに寄稿してもらった。
 最初は警戒していた。かわいらしい絵柄から、男性読者が楽しむ「処女萌(も)え」漫画と思っていたのだ。中身を読んで、すぐに誤解だったと反省した。
 主人公まい子は処女。だが、知られることはほぼない。派遣社員の女性から「イケメンで高スペック」な彼氏がいそうと思われるほどに、世間の処女イメージとかけ離れた見た目と性格。まい子は、それゆえに、自分とセックスしたいと思ってくれる人/自分がセックスしたいと思える人と出会えていないさみしさを一人こじらせている。
 焦って、同窓会で酔った勢いで高校時代の彼氏に迫るもうまくいかない。習い事で知り合った男性にホテルに連れ込まれそうになって、必死に逃げる。「セックス」に試行錯誤しては落ち込むまい子の様子は一見滑稽だが、本作は彼女の心の内を繊細にすくいとる。
 「でもセックスが セックスだけができてない ここにいる多くの人が当たり前にしていることを 私は したことがないのだ」
 こうしたまい子の苦悩だけでもグッとくる本作。しかしヒロインは、まい子だけではない。実はこの作品、まい子の右往左往を通じて、まい子の周りのあらゆる人物の事情も明らかになるのだ。
 たとえば、同僚女性・味園を性的に冷やかす同僚男性・原が、セックスに興味がないのを隠すために積極的に下ネタを言って「普通」を装っているノンセクシュアル(非性愛者)だと判明する。あるいは、味園は、激務のストレスを10年同居している彼氏にぶつけ続けた結果、家を出て行かれてしまう。
 まい子からは、「セックスできてるあなたたち」に見えた人たちもまた、性愛や他人へのうまく関われなさをそれぞれに抱いているのだ。ひとくくりに「世間一般」とされている一人一人を当事者として描く解像度だけでなく、彼らの意地悪なところ、憎めないところをフラットに描く作者の人間愛が、本作のすごみだろう。「瓜を破る」という、ある種の伝統的ジェンダー観念に基づくはずの言葉に、新たな意味を感じるはずだ。