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自分らしく人生「リノベ」/エッセイストの麻生圭子さん


自分らしく人生「リノベ」/エッセイストの麻生圭子さん 人工内耳の手術を受けるきっかけをつくった愛猫「りん」と、麻生圭子さん
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報朝刊

 リノベーションとは主に、住みやすいように家を改修すること。エッセイストの麻生圭子さんは、琵琶湖のほとりの「小屋」を購入、夫と2人で修復しながら暮らす。同時にもう一つ、自身の人生も「リノベ」する。失った聴力の一部を取り戻したり、カヤックを始めたりと自分らしく歩む。

 「人生は長い。老後も自分自身で作り替えていくことはできます。老人だからと隅で小さくなっている必要はありませんよと言いたいですね」
 新著「66歳、家も人生もリノベーション」(主婦と生活社)には湖畔での暮らしをつづった。京都の町家、ロンドンを経て、滋賀県に移住したのは約7年前。浴室兼洗面所の壁にタイルを張り、古い杉板で床を作った。山と湖に挟まれた土地は四季折々の表情を見せる。
 麻生さんはかつて作詞家だった。だが進行性の感音難聴を患い、高音から徐々に聞こえなくなっていく。テレビ番組への出演などの仕事を断り、人との付き合いも減らしていった。10年ほど前、日常生活に必要な聴覚を失う。「難聴といっても聞こえない音域、態様は人によって千差万別。中途失聴者の私の場合は話すことができて、手話ができない。難聴にまつわる誤解が、なんと多いことか…」
 ロンドンでは、例えば百貨店で店員に「デフネス(難聴)」と一言告げるだけで、視覚によるコミュニケーションに切り替えてくれた。日本では「筆談にしてください」と伝えても声で返されることがある。「話せる人は聞こえているはず」という誤解のためだ。
 重度の難聴は「私の美しい個性」と思えた。風景やインテリアが音楽の代わりになり、心を癒やしてくれた。大学病院で人工内耳を提案された時には、失ったものを求めることへの「抵抗」から手術を拒む。だが―。
 「猫が近所で円筒にはまって抜けられなくなった時、叫び声が聞こえなかったんです。帰宅した夫が気づいて…。ケアする責任が私にはある。せめてSOSを受け取れる飼い主になりたかった」。手術を決断。術後しばらくは全てが同じ金属音に聞こえる「音の洪水」に恐怖を覚えたが、夫の声や猫の声を聞き分けられるようになった。今もリハビリの途上にある。
 「再び聞こえるようになって知ったのは、無音と静寂は違うということ。波や風、雨の音…。静寂が豊かなんです」
 カヤックで湖に繰り出し、猫に加えて犬も飼い始めた。「面倒くさがり屋ですが好奇心は強い。知らなかったことを見つけるのが楽しい」。書斎には「TODAY IS A GOOD DAY(今日は良い日)」と書かれたポスターを飾る。「良い日」が続くことが幸せ。冗舌な笑顔がそう語っていた。