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鈴木耕太 〈112〉 組踊における話芸 (2) 「銘苅子」の天女と問答


鈴木耕太 〈112〉 組踊における話芸 (2) 「銘苅子」の天女と問答 組踊「銘苅子」の一場面=2023年3月、国立劇場おきなわ
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 組踊の話芸というと、すぐに思い浮かべるのは「マルムン」という役であろう。散文体のセリフを用いて、特徴のある抑揚で、ある時は緊張を緩和して笑いを誘う、またある時は作品における重要な事実を語る役として登場する。代表的なマルムンは、「大川敵討」の「泊」や、「花売の縁」の「薪木取」が挙げられよう。
 組踊を初めて創作したのは玉城朝薫である。朝薫の作品には先に述べた「マルムン」らしい登場人物はいない。言い方を変えれば、散文体で話す役は登場しないのである。では、玉城朝薫の作品、いわゆる「朝薫五番」には「話芸」は見られないのか、というと、そうではない。たとえば、組踊「銘苅子」では、銘苅子が天女と問答する場面では次のようにセリフが展開される。
銘苅子詞
 我が松どやゆる、
 わが井川どやゆる。
 のよで羽衣を
 掛けて置ちやが。
天女詞
 里や物知らぬ、
 天と地の情
 ふやあはちど生たる
 松も玉水も、
 我が物と言ふすや
 無理やあらね。
銘苅子詞
 天と地の情
 ふやあはしゆる浮世、
 無蔵と縁結で、
 互にそはに。
天女詞
 お恥かしやあても、
 言やなまたなゆめ、
 御縁てす知らぬ、
 浮世てす知らぬ、
 わ身やこの世界の
 人やあらぬ。
銘苅子詞
 天の雨てすも
 下て水なゆり、
 おりて世界来れば、
 世界の人よ。
(『校註 琉球戯曲集』より)
 これは銘苅子と天女の冒頭のやりとりだが、松や井泉を「我が物」として主張する銘苅子に対して、天女は、それは「天と地の情」が振り合わせて誕生した、つまりは天と地の神が出会ってもたらされたもの、と銘苅子に説明する。これを受けた銘苅子はこの世は天と地の情けで結ばれる浮世(傍線部)であるので、あなたと縁を結んで一緒になろうと迫る。天女は縁というものやこの世間を知らない、と断り(波線部)、この世の人ではないことを明かす。これを聞いて銘苅子は天の雨も降りて地上では水となる。したがって天から降りてきた天女のあなたも、ここではこの世の人間であろう(点線部)。と締めくくる。
 結果として天女は銘苅子の妻となるわけだが、その理由の一つは、この問答に天女が負けて、銘苅子に言いくるめられてしまった、というのが挙げられよう。この問答は抑揚やセリフの唱えの緩急が他のセリフと変わらない。至って普通の詞章として展開されるのであるが、その内容は「笑い」を含んだものとなっていることがわかる。(県立芸大芸術文化研究所准教授)  (次回は6月5日掲載)