コザが生んだクセ者中のクセ者 玉那覇優(2)

  • 中部
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子どもの頃は「人と違うのがものすごく嫌だった」という玉那覇優さん。親元を離れた山村留学での自由な環境が今の彼をつくりあげた

人生の「転機」は小4の山村留学

―そんなやりたいことは何でもやってしまう優さん。自分がこうなったきっかけってありますか?


子どもの頃。四国の山奥での山村留学

 子どもの頃、人と違うということが、ものすごく嫌でした。この世で自分だけが別の生物みたいな気がして、服も、カバンも、見た目だけはなるべく皆と同じ。変わり者扱いされるのが心底怖かったのを覚えています。それでなるべく人と同じようにするっていうのを心がけていました。

 そんな中、小学校4年生になると急に四国の山奥へ引っ越すことになりました(笑)。

 「山村留学」というプログラムを母親が見つけてきて。それは山と川しかないような人里離れたド田舎で、親元を離れて自ら生き抜く力を育てるっていうもので。なぜか母が「うちの子たちに向いているかもしれない!」と思い立って、僕と弟の2人をそのプログラムに参加させたんです。

 その学校は、全国からいろんな生徒が集まってくるんだけど、生徒の種類を大きく分けると2パターンに分かれていて。「生きる力を育む」というプログラムの趣旨に賛同して参加した健全な子と、やんちゃすぎて島流しのように連れてこられた問題児の2パターン(笑)。

 そんな環境で生き抜いていくためには、知力と腕力の両方が必要でした(笑)。それに合わせて「人と同じように」行動する必要は全くない環境で。自分がやりたいことは何をやっても誰も何も言わない環境だったので。そこが今の僕をつくり上げた経験です。

 なんだかんだ過ごしていたら楽しくなっちゃって、1年だけの留学の予定が結局小学校卒業するまで3年ほど在籍していました。
 

ルーツはパンクロック

―現在2つのバンドを掛け持ちして音楽をやっている優さんですが、もともとのルーツっていうのは何ですか?
 


ルーツはパンク。ODDLANDで演奏する

 ルーツはパンクロックですね。音楽は、テレビやラジオで流れてくるものには全く心が動かされず、ほとんど興味なかったんですけど、中学の時にゲームの挿入歌で使われていたバンドの「Offspring」と、「Bad Religion」を聴いて、世の中にこんなにも疾走感のある音楽があるんだと衝撃を受けました。

弟と一緒にお年玉でCDを買って、そのCDのライナーノーツに書かれている他のバンドを今度は買ってみて、ということを繰り返しながら色々掘り下げていくうちに、あらゆる音楽を聴くようになっていました。
 


PÖGÖTOWNの何だかかわいい手編みの飾り

 でも当時は「自分も音楽をやる」っていう発想が全くなくて。その理由も今思い返すととても恥ずかしいんですけど、その当時はパンクを聴いている時だけは「無敵になっている」感じがして(笑)。

「この曲を聴いている間は、ヤンキーも先生も怖くねぇ!プロレスラーにだって勝てる」みたいな(笑)。なので、聴いているだけで全て最高の時間だったので、自分もバンドをやろうなんて当時は全く思わなかった。


1枚1枚、丁寧に、CDを並べ直した

―実際にバンドを始めたのはいつ頃からですか?

 19歳くらいの頃に友達に誘われてからですね。初めに組んだバンドは特に活動することもなく解散してしまったんですが、チャンネルシックスのメンバーと、「やっぱりバンドやりたいよな!」っていうことになって、新しくチャンネルシックスバンドというのを結成しました。いざ集まったメンバーは、全員初心者だったので他のバンドの曲をコピーする技術すらない。「だったら、オリジナルしかない!」っていう事で始まって、今のバンドにつながっていきます。
 

第1回はこちらから

続きはこちらから。
(3) (4)

 


玉那覇 優(たまなは・ゆう)  1986年2月生まれ。沖縄市嘉間良出身。西原小→コザ小→高市小(愛媛)→越来中→美里高→IDA卒業。2014年6月にPOGOTOWNオープン。実行委員会代表を務めたODDLANDは2015年4月にコザ運動公園を会場に初開催された無料野外音楽フェスティバルで16年も開催。「5つのエリアで約100組の出演者を集めた無料の野外音楽フェスティバルを開催したい」という思いから始まった。イベントテーマはAnybody Could(But Nobody Did)誰もができる しかし誰もやっていない。

 


聞き手・野添侑麻(のぞえ・ゆうま)  音楽と湯の町別府と川崎フロンターレを愛する92年生。18歳からロックフェス企画制作を始め、今は沖縄にて音楽と関わる日々。大好きなカルチャーを作っている人たちを発信できるきっかけになれるよう日々模索中。沖縄市比屋根出身。

 



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