これが雑穀? 昔ながらのスーパーフードの底力 【沖縄たべものがたり】(vol.1)

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私が菜食レストランを始めたわけ

はじめまして、那覇で「浮島ガーデン」という店をやっています中曽根直子です。

浮島ガーデンはちょっと変わった店で、お肉もお魚も、卵も乳製品もありません。あるのは上等な島野菜と穀物。完全菜食のレストランです。
 


浮島通りにある浮島ガーデン

春と秋はお庭でお食事が最高~

何でまたよりによって“豚肉文化”の沖縄で菜食レストランをやっているのかというと…
十数年前に体調不良で入院したのがきっかけです。

食生活を穀物中心の玄米菜食に切り替えたら、風邪もひかない上、疲れも感じないすこぶる元氣な体になりました。

完全にお肉を食べなくなったのは森達也氏の「いのちの食べかた」という本を読んで衝撃を受け、心にスイッチが入り、青天の霹靂としか言いようがないのですが、ベジタリアンになりました。

お肉もお魚も食べないなんて、なんて味気ない食事…!と、思われるかもしれませんが、意外にそんなことはないんです。

私はハンバーグとか鰻丼とか、卵も入っていないケーキや乳製品も使っていないアイスクリームをよく食べています。それも雑穀を使ってそっくりな味と食感をつくり出しているんです。
 


高キビ・バーガー。お肉は使わず高キビのパティ

まるでお肉な高キビ・ハンバーグ

乳製品・卵不使用のケーキやアイスクリーム


ハンバーグには畑の挽き肉と呼ばれる高キビを使い、魚はヒエという雑穀を使って表現しています。食べてみるとあまりにも似たルックスと味わいなので、お客さんの中には肉も魚も入っているのではないかと疑う方もいて、思わずうれしくなります。

 


日本古来のスーパーフードが危機に!


雑穀はご飯に入れて炊くだけでなく、こんなふうにおかずにもなる上、すごく美味しいし、日本古来のスーパーフードとも言われるほど栄養価もあり、美肌効果やアンチエイジングにもなるという最高の食材なんですね。

そんな雑穀、実は沖縄でも昔はたくさん栽培されていたんです。でも今ではもちきび以外の雑穀はほとんど栽培されていません。

私は浮島ガーデンで食べる食べものは沖縄県産の無農薬無化学肥料の食材と決めていたので、どうしても県産雑穀が欲しくて、仲間と高キビ栽培をはじめながら、同時に雑穀がありそうな島々を探し歩きました。
 


波照間島の在来高キビ「ヤタプー」

石垣島粟白保の粟畑

そこでわかったことは思った以上に雑穀は危機的な状況にある、ということでした。

戦後、お米が食べられるようになってから、雑穀はどんどん消えてゆき、この十数年は食べるという目的はとっくになくなって、純粋に“神様に捧げるため”、ギリギリなんとか栽培されてきていました。

ところがこれまで栽培してきた方も高齢化し、何が何でも捧げたいというモチベーションが薄れてしまった。そして悲しいかな、もう誰も雑穀を必要としていないからという理由で種さえも捨ててしまっているという現状が見えてきました。

現在でも祭事のためにと栽培しているのは、おそらく石垣島の白保と小浜島だけだと思います。
 


ニライカナイからやってきた五穀


ところで、沖縄における雑穀のはじまりは久高島の五穀種伝来伝説です。

その昔、久高島に五穀が入った瓢箪が伊敷浜に流れて来たのを島に住む夫婦が見つけます。夫婦はその瓢箪を拾おうとするのですが、なかなか手元に来てくれない。そこでヤグルガー(井戸)でお清めをし、白装束に身を包んだところ、瓢箪を手にすることができた…。

つまり五穀種がいかに神聖なものであるか、そして沖縄の農耕は五穀からはじまったことを伝えているわけですね。

ニライカナイからやってきた瓢箪の中に入っていた五穀は、いろいろ諸説はありますが、「粟、麦、キビ、小豆、アラカ(もしくはクバ)」と言われています。その中でも粟は特別なものだったようです。古謡の中には粟という文字がたびたび登場することからもわかります。
 


波照間島の粟

例えば、豊年祭で歌われる波照間島の「中皿ぬあよー」には

にうしぃいぬ(粟の)うみしゃぐ(お神酒)
うちりばどぅ(もとにしてこそ)ゆはなうる(世は稔る)

石垣島の豊年祭の歌「ミシャグバーシィ」にも、

根ウスイヌ(粟で醸造した)御神酒(お神酒を頂戴したら)
囃シバドゥ(囃子を村人がよくされると)世や稔る(来年の世は豊作になる)

 

粟でつくる特別なお神酒

沖縄本島にも宮古島にも同様に粟の豊作を感謝する祭りがあって、お神酒の材料も粟でした。
 


粟によるお神酒を醸し中

私もいつか粟でお神酒を作ってみたいと憧れていたら、小浜島で粟の栽培をしている竹本真良さんと出会うことができ、お神酒の作り方を口伝していただきました。

たいていは3日で発酵するというお神酒。

この時は12月で寒かったので2週間もかかりました。でも見て下さい、このぶくぶく。

泡が盛りあがっている。これぞ”粟盛”!

泡盛の「泡」は「粟」であると伊波普猷が言っていたように、作ってみたらほんとにそうだと実感しました。
 



お神酒が発酵すると泡がぶくぶく~

お神酒を飲んで「上等!」と言ってくれた真良さん

内地ではお米を神様に捧げますが、なぜ沖縄では粟を神様に捧げてきたのでしょうか。

これは私の勝手な考えですが、粟は水田を必要とせず、荒れた土地でも栽培できて、しかも一粒から一万粒、一粒万倍のいのちを稔らせるエネルギーにあふれた食べものであり、それが子孫繁栄を象徴する嘉例なものと捉えられ、神様に捧げるのにふさわしいと考えられてきたからではないでしょうか。

そして、粟は精の付く食べものでもあったから、神様に捧げながら自分たちも食べて元氣をもらっていたのでしょう。実際、お神酒を飲むと元氣になると、神酒作りをされてきた神司さんは皆さんおっしゃいます。
 


沖縄在来の雑穀を復活させたい

もう一度、みんなが元氣になる粟のお神酒を作りたい。昔のように粟をたくさん稔らせたい。

波照間古謡にあった「粟のお神酒 もとにしてこそ 世は稔る」。これって、まるで予言のようではないですか?粟をよみがえらせれば、豊かな世界がやってくると昔の人が教えてくれている。

単なるガチマヤーからはじまった私の雑穀探しの旅は、いつしか在来の雑穀を復活させたいという気持ちへと高まっていました。

高キビは沖縄ではトーナチン、波照間ではヤタプーという方言名があります。台風で全滅したという久高島のトーナチン、種を捨ててしまってなくなったという波照間島のヤタプーは、熱心に探し求めていたらやっぱり出てきてくれるんですね。今では久高島、波照間島で復活栽培がはじまっています。悲願の在来粟も伊良部島の元神司さんから分けていただくことができました。
 

「沖縄雑穀生産者組合」発足

雑穀は栽培するのは簡単だけれど、脱穀調整など食べるところに至るまでにはいくつもの作業を経なければならず、しかも専用の機械がないとできません。機械は高いので個人の農家さんではなかなか買えません。ならば何人かで共有してはどうかと組合を立ち上げることにしました。
 


沖縄雑穀生産者組合のメンバー

波照間ではこぼれ種から2期目の栽培がスタート

かくして今年4月「沖縄雑穀生産者組合」は誕生しました。この6月にははじめての収穫があり、高キビだけで500キロほどの収穫ができました。現在2期目の栽培もはじまっています。

沖縄は暖かいので内地の2倍栽培できる、つまり日本一の雑穀の生産地になれる可能性を秘めているんですね。
 


沖縄の〝神食″が伝えること



裸麦、高キビ、ヒエ、島小豆を久高島で栽培。ごはんに入れて炊くだけミックス。久高島五穀

波照間島で採れた高キビ

沖縄の人々が大切にしてきた神様への捧げもの。雑穀-。
この小さな粒が人々のいのちをつなぎ、元氣を与えてきました。

でもその小さな粒が作られなくなった今、沖縄は病気にあえいでいます。
男女ともに65歳未満で亡くなる人が全国1位。早死にワースト1位という異常な世界です。

今、沖縄でもう一度雑穀を栽培する時がきていると考えます。
どんな経済活動より、これこそが本当の意味での「世は稔る」につながるのだと信じて。
 


真良さん、小浜島ではお米はこんなふうに精米していたと写真を見せてくれました

昔はこうしてみんなで力を合わせて脱穀。地域の結束も生まれます

9月30日、那覇で「まーさんマルシェ」


さて、ここからは宣伝です!

沖縄雑穀生産者組合の初めての商品が並ぶ催事「世界のからだにいいモノマーケット」が、デパートリウボウにて9月26日(火)から10月2日(月)まで行われます。

その一環として9月30日(土)には体にいいモノを作っている県内の有名な飲食店と農家さんがズラリ勢ぞろいする「まーさんマルシェ」が行われます。

マルシェを盛り上げてくれる音楽ライブもありますよ。

楽しいオーガニック・ナチュラルフーズの祭典「まーさんマルシェ」は11時から20時まで。ご家族やお友達とぜひいらしてくださいね☆
 



中曽根直子(なかそねなおこ) 穀菜食研究家/沖縄雑穀生産者組合 組合長

那覇に「浮島ガーデン」、2016年、京都に「浮島ガーデン京都」をオープン。沖縄の在来雑穀の復活と種の保存、生産拡大のため沖縄雑穀生産者組合を立ち上げる。農業イベントや料理教室、食の映画祭や加工食品のプロデュースなど様々な活動を通して、沖縄の長寿復活に全力投球中。
 





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