沖縄戦の実像に劇画で迫る 漫画家・しんざとけんしん(新里堅進)さん


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戦時下の人間の姿を克明に描写

仕事場で机に向かう漫画家のしんざとけんしんさん。毎日朝7時から執筆に取り組み、アシスタントには頼らず全て独力で原稿を仕上げる 写真・村山望

1978年に『沖縄決戦』でデビューして以来、沖縄戦を主題にした作品を発表し続けてきた漫画家のしんざと けんしんさん(76)。執筆にあたっては精密な調査を行い、戦時下の沖縄の光景、凄惨(せいさん)な戦闘、そしてその中に置かれた人々の姿を、ドキュメンタリータッチで映画のようにリアルに描き出すのが特徴だ。しんざとさんは現在、中南部に比べて多くは語られてこなかった、やんばるでの戦いに焦点を当てた描き下ろし大作『国頭支隊顛末記(くにがみしたいてんまつき)』を執筆中。今年中の出版を目指している。

ルネッサンスの巨匠たちに憧れ、画家を目指していたしんざとさんが漫画家になろうと思ったのは高3の時。

図書館で『沖縄健児隊』(大田昌秀・外間守善/編)という本を偶然に手に取った。師範学校と中等学校の男子生徒により組織された学徒隊「鉄血勤皇隊」の生存者らによる戦争記録集である。

「たくさんの学徒の方の記録が載った本なんですよ。この本を読んで、文面から彼らの姿、動きがもう本当に伝わってきた」と振り返る。

彼らの姿は一枚の絵では描けないが、漫画であれば表現できるかもしれない―。それが、漫画を描くきっかけになった。

しんざとけんしん(新里堅進)さん

綿密な調査もとに執筆

漫画家を志したしんざとさんは、昼間は電化製品のセールスやタクシー運転手などの仕事をしながら、夜に漫画を描く生活を始め、デビュー作となった長編『沖縄決戦』を描き始めた。

「ところが、沖縄戦というのは、そんなに簡単なものではないんです」。しんざとさんは沖縄戦の資料を読み込み、戦場となった場所に頻繁に足を運んだ。「自分の目で見ながら、ガマに入ったり、夜に訪れたり…。なんとか感じたい、自分で体感したいと思ったんですね」。体験者への取材も重ねた。

しんざとさんの作品のタッチは、リアリティーを重視する劇画のスタイル。沖縄戦の様子を絵にするには、当時の日本軍やアメリカ軍の兵器や軍服についても詳しく知る必要があった。それらを一つずつ調べ、ようやく沖縄戦を描くことができるようになったという。

1981年に琉球新報の夕刊に連載され話題となった『ハブ捕り』。ハブ捕り名人と白ハブの戦いを描き、ラストでは人間と自然の関係を読者に問う。第11回日本漫画家協会賞を受賞

しんざとさんは、最終的に380ページの作品となった『沖縄決戦』を、発表のあてもなく使命感で描き続けていたが、うわさを聞いた月刊沖縄社の社長が出版を持ちかけ、1978年に刊行。これがデビュー作となった。

以後、沖縄を舞台とする数々の作品を発表し続けてきたしんざとさん。琉球王朝史、偉人伝、うちなー芝居、ハブ捕りなどをテーマにした作品も手掛けつつ、ライフワークとして沖縄戦を描き続けた。『水筒』『白梅の碑』『シュガーローフの戦い』『死闘伊江島戦』など、いずれも大部の力作だ。

しんざとさんの漫画は、綿密な調査に基づいて、沖縄戦の実像に迫るセミドキュメンタリーといえるもの。作中に登場する人物のほとんどは実在の人物だ。日本軍だけでなくアメリカ軍、地域住民などさまざまな背景を持つ人々が入り乱れ、壮絶な生死のドラマを織りなす。その姿は一様ではない。軍人の中にも、命と引き換えに「忠義」を貫き通そうとする者もいれば、疑問を抱く者もいる。作家の想像力も駆使しながら、戦場における生々しい人間の姿を、一人一人の内面に至るまで鋭く描き出していく筆致に圧倒される。

近刊の『シュガーローフの戦い』(琉球新報社刊)さまざまな人物の視点を通し、沖縄戦の姿が多角的に描き出されている

やんばるの戦い描く新作

現在、やんばるでの戦いを描いた新作『国頭支隊顛末記』が完成間近。全38章約千ページの大長編の予定で、今年中の刊行を目指している。しんざとさんは毎日朝7時から執筆に取り組むが、アシスタントに頼らず背景まですべて独力で描くため、1日1ページしか進まないという。新作には、準備期間からはじめ、10年以上を費やしている。

デビューから半世紀近く、沖縄戦をどんなに描いても、描き尽くすことはない、としんざとさんは力を込める。「ひめゆり学徒隊の引率教官だった仲宗根政善先生がお話された時に、沖縄戦というのは、深い深い底なしの井戸をのぞき込むようなものだよ、とおっしゃった。僕はまったく、ああその通りだな、と思う」

沖縄戦の実像を、劇画を通して後世に伝えたいという思いを胸に、しんざとさんは今日も机に向かい、ペンを走らせる。

『死闘伊江島戦』(琉球新報社刊)

(日平勝也)


公式ホームページ

https://www.kenshinblog.com/

(2023年6月22日付 週刊レキオ掲載)