<金口木舌>戦没者追悼式に思う


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 慰霊の日の朝、魂魄の塔へ向かう。正午前に平和の礎がある平和祈念公園へ行き、全戦没者追悼式に出る。その後、いくつかの慰霊碑を訪ね、再び魂魄の塔に立ち寄る。毎年恒例の移動経路である

▼取材を兼ねており、メモを取り、写真を撮る。戦没者追悼式の首相あいさつでは、会場を漂う冷めた空気を肌で感じる。年に一度の慰霊の場で、新基地建設を推し進める政府に対する厳しい県民感情があらわになる
▼線香や花、料理を詰めた重箱を携え、魂魄の塔に向かう人がいる。清明のようである。平和の礎では、親族の名が刻まれた石板に手を合わせる。旧盆ウークイの日、位牌を前にした家族のようだ
▼どこで慰霊の日を迎え、戦争犠牲者と向き合うか。「沖縄戦終焉(しゅうえん)の地」とされる糸満以外の地でも多くの犠牲者が出た。それぞれの地を訪ね、冥福を祈り、平和を願う。県民の思いはさまざまである
▼県は今年の全戦没者追悼式の規模を縮小し、国立沖縄戦没者墓苑で開催すると発表した。コロナ禍の中では仕方あるまい。ただ、開催場所が国立の墓苑でいいのか、異論が出ている
▼県民の多くは首相や閣僚が花を手向ける場として墓苑を受け止めていよう。平和の礎や魂魄の塔、各地の慰霊碑などに比べ、犠牲者を悼む県民の心から墓苑は遠いように感じる。この場所が本当にふさわしいのか。再考の余地があってもよい。