<社説>松橋事件再審決定 全証拠開示の法制化急げ


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 熊本県で31年前、男性が刺殺された「松橋(まつばせ)事件」で熊本地裁は、殺人罪で懲役13年が確定して服役した宮田浩喜さんの再審を決定した。確定判決後に検察側の証拠開示で新証拠が見つかったためだ。熊本地裁は「自白は取り調べ官に迎合した作り話の疑いがある」と指摘した。

 検察は再審開始を認めた熊本地裁決定を不服とし、福岡高裁に即時抗告した。再審開始の可否について改めて審理されることになる。検察は即時抗告せず、再審を受け入れるべきではなかったか。新証拠を踏まえて速やかに公正な裁判をやり直す必要がある。
 1986年に熊本地裁が判決で信用性を認めた宮田さんの「自白」は次のようなものだ。
 「血液が付着しないよう、凶器の小刀にシャツから左袖の部分を切り取った布を巻き付け、犯行後に燃やした」
 今回、弁護団が開示請求し、検察側から開示された新証拠というのは、シャツから切り取り、小刀に巻き付けて犯行後に燃やしたはずの左袖の布きれだ。しかも血液は付着していなかった。
 つまり宮田さんと犯行を結び付けた自白の信用性が根底から覆ったのだ。さらに弁護団は小刀の形状と傷痕が一致しないとする鑑定書も「新証拠」として提出した。
 検察は有罪とされた当時の裁判で、左袖の布きれを証拠として提出していなかった。弁護側が再審請求の準備段階で、検察が保管する証拠を閲覧した際、犯行に使ったと自白したシャツを含む布片5枚を発見した。つなぎ合わせると完全なシャツに復元されたのだ。
 これでは検察が裁判を有罪に導くよう不利な証拠を意図的に隠していたと言わざるを得ない。さらに再審請求審で、自白と矛盾する新証拠が提出されても、検察は「保管していた布とは別のシャツの布が使われた可能性がある」と主張している。自省して事実に向き合う姿勢のかけらも感じられない。
 現在の制度で「全証拠の一括開示」が実現していないことに大きな問題がある。2011年度に始まった刑事司法改革の議論も全開示ではなく、証拠リスト交付義務付けで決着してしまった。これでは今後も冤罪(えんざい)を防ぐことはできない。今回の再審決定を教訓に、全証拠開示の法制度化を急ぐべきだ。