<社説>ノーベル文学賞 ディラン氏の功績たたえたい


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 2016年のノーベル文学賞を米国のシンガー・ソングライター、ボブ・ディラン氏に授与することが決まった。歌手への文学賞授与は初めてとなる。スウェーデン・アカデミーは授与理由を「米国音楽の偉大な伝統の中に新たな詩的表現を創造した」としている。半世紀にわたって大衆と共に歩み、反戦や人種差別への抵抗などを歌い続けた偉大な歌手へのノーベル文学賞の授与を心から喜びたい。

 ノーベル文学賞の対象者はこれまで小説家や劇作家、詩人が大半だった。20世紀はロマン・ロランやトーマス・マン、ヘミングウェーら世界文学の巨人が次々と受賞している。日本人では1968年に川端康成、94年に大江健三郎の2氏が受賞している。
 文学賞は過去には歴史学者や哲学者も受賞している。しかし「第2次大戦回顧録」を著した英政治家チャーチルが53年に受賞した際に物議を醸し、アカデミーは対象を「文学」に限定すると発表した。
 ノーベルは遺言で文学賞の受賞者を「最も理想主義的で顕著な業績を成し遂げた人物へ」と規定した。曖昧でさまざまに解釈できるため、選考を任されたアカデミーは時代によって基準を変えてきた。
 そして今回、ディラン氏に文学賞が授与される。約570年前にグーテンベルクが活版印刷技術を発明して以来、「文学」とは活字で紙に刻まれた書物を読む形が一般的だった。しかしディラン氏は詩を音楽に乗せ、歌という「文学」を針で溝に刻んだレコードで聞く形を選んだ。それだけの違いともいえる。
 62年にニューヨークでデビューしたディラン氏は、ベトナム戦争が米国社会に影を落とし、公民権運動が高まる中、メッセージ性の強い「プロテストソング」(抗議の歌)を生み出していく。63年の「風に吹かれて」は「どれほどの弾が宙を飛ばなければならないのか 永遠に禁止されるために」と歌った。
 多くの聴衆の支持を得ていくが、過去の名声にとらわれずに音楽スタイルを次々と変化させた。フォークの神様と呼ばれたが、65年にはギターをエレキに変え、聴衆から「裏切り者」と罵声を浴びた。それでも自身の音楽を貫いた。
 そして今でも歌い続けている。転がる石のように、止まることを知らない吟遊詩人の功績をあらためてたたえたい。