ヘイトスピーチ(憎悪表現)対策法の施行から1年を迎えた。警察庁によると、差別をあおるなどの右派系市民グループによるデモは、昨年6月3日の施行から今年4月末までに35件を確認し、前年同期の61件からおよそ半数近くに減った。一定の効果が出ているとも映るが、デモは続いている。対策法の限界を指摘する声もあり、さまざまな施策を進める必要がある。
対策法は国外出身者とその子孫への差別を助長する著しい侮辱などを「不当な差別的言動」と定義し「許されない」と宣言した。国や自治体に相談体制の整備や教育、啓発を実施するよう求めている。ただし憲法が保障する表現の自由を侵害する恐れがあるとして、禁止規定や罰則はもうけられていない。
法務省は自治体に対して「○○人は殺せ」「祖国へ帰れ」などの文言や、人をゴキブリなどに例える言動をヘイトスピーチの具体例として提示している。ところがデモをする側が対策法に認定されないよう文言を変えている。
福岡市の街頭宣伝ではプラカードの書き込みを「朝鮮人死ね」ではなく「朝鮮死ね」に変えたり、叫ぶ言葉も「日本海にたたき込め」ではなく「日本海に入ってください」に変えたりしている。憎悪表現による攻撃をしていることに変わりない。法逃れだけ進んで、こうした街宣が続くとしたら、標的にされる人々はこれからも傷つき、恐怖を抱き続けるだろう。
一部の自治体では抑止条例制定の動きがみられる。公的施設でのヘイト禁止を明記するなどの対策に乗り出すところもある。その一方で、ほとんどの自治体は対策法で努力義務となっている相談窓口の整備を既存の制度活用にとどめている。対策が進んでいるとは言い難い。
法務省によると、2016年に全国の法務局が救済手続きを始めたインターネット上の人権侵害は1909件(前年比10%増)で、過去最多となった。デモは半減したが、ネット空間での差別が横行している状況を放置するわけにはいかない。
沖縄では米軍基地建設に反対する人々に対して、ヘイトスピーチとしか言いようがない攻撃も相次いでいる。米軍北部訓練場のヘリパッド建設現場では大阪府の機動隊員が反対運動をしている市民に「土人」と発言した。
東京のローカルテレビ局の東京メトロポリタンテレビジョンはヘリパッド建設に反対する市民を「テロリスト」に例える番組を放映した。
デモやネットだけでなく、公共放送や警察官までもがヘイトスピーチに手を染めている。極めて深刻な状況だ。
対策法施行から1年がたち、課題も見えてきた。民族、出自、障がいなど全ての差別を網羅する差別禁止法制定の必要性を指摘する声もある。包括的な法整備の検討も含め、今後議論を深めたい。