『琉球怪談作家、マジムン・パラダイスを行く』 生活の隣にある不思議話


社会
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『琉球怪談作家、マジムン・パラダイスを行く』小原猛著 ボーダーインク・1080円

 昨年、東北学院大学の学生により執筆された卒業論文が随分と話題になった。東日本大震災で被災した石巻での幽霊目撃談を調査・研究したというその論文によると、現地でのフィールドワークの中で話を聞いた人々の内、約3%が震災に関係する霊体験を語ったという。

 ごくまれに、ここでいう3%の人々のような非現実的な体験談を耳にするが、本書の著者・小原猛氏は怪談や霊体験を調査する中でも外でも、何かを見たり感じたりすることのできる側の人である。著者が取材先で怪談を収集し、その際に出くわした奇妙な出来事や見聞きしたエピソードをまとめたものが本書である。

 マジムン・パラダイスという名で紹介されている若狭や辻の界隈(かいわい)は怪談話の宝庫だ。他にも鏡原にある動き回る鯨のような小山(ガーナームイ)や大宜味村の集落を豚のように練り歩く岩(ジーワーワー)、首里の街では両手に鎌を持ち歩く耳切坊主の伝説などが紹介されている。近年の取材で、とある住宅のトイレやクロゼットの中にいらっしゃる『住人』と対峙(たいじ)した時の話などは、正直いって塩の入ったお守りなしでは読み進めることができなかった。

 どの話も現実的には起こり得ない現象なのだが、得体(えたい)の知れないものを見たり聞いたりした時に感じる「恐れ」と、何か静かな心持ちにも似た「畏敬の念」が同時に沸き立ってくる。日本民俗学の権威・柳田國男が著書の中で妖怪について記した「多くは信仰が失われ零落した神々の姿」という一説に妙に納得してしまう。映画『千と千尋の神隠し』で見た八百万(やおよろず)の神々も奇妙な姿形をしていたが、あれは妖怪であったともいえるのかもしれない。

 本書を読むと、数多くの世にも不思議な伝承や民話が生活のすぐ側に残っていることがわかる。畏(おそ)れを携えて、この世の行く末を何か啓示してくれているようにも感じる。著者と同じく、地下水脈のように『ムン』がいついつまでも枯れることがないようにと願っている。

 (宮城未来・古書店言事堂店主)

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 こはら・たけし 1968年、京都府生まれ。与那原町在住。作家。「沖縄の怖い話」「琉球妖怪大図鑑(上下)」など、著書多数。現在、琉球新報小中学生新聞「りゅうPON!」で「ふしぎうちなーショートショート」を連載中。

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