沖縄県の埋め立て承認撤回への国の対抗措置 内容判明 「公と私」使い分け 損害回避の緊急性強調


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 米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設を巡り、沖縄県が公有水面埋立法(公水法)に基づき埋め立て承認を撤回したことへの対抗措置として、沖縄防衛局が行政不服審査法(行審法)に基づいて国交相に提出した審査請求書と執行停止申立書の全容が判明した。防衛局は“私人”と同様の立場を強調し、行審法の適用除外にならないと主張。一方、文書の中で「事業が頓挫すれば日米同盟に悪影響を及ぼす」「我が国の安全保障と沖縄の負担軽減に向けた取り組みを著しく阻害する」などと訴え、国の立場を主張する“矛盾”も目立つ。文書を検証した。

 石井啓一国土交通相に提出された埋め立て承認撤回に対する執行停止申立書で、沖縄防衛局は、行政不服審査法25条4項の「重大な損害を避けるために緊急の必要があると認めるとき」に該当すると主張し、執行停止を求めている。

 該当する根拠として防衛局は、工事中断により警備費や維持管理費などで1日当たり2000万円の不要な支出を迫られる上、普天間飛行場の返還が遅れることで周辺住民への危険性除去など生活環境の改善という「金銭に換算し難い損失を伴う」ことなどを列挙した。また「米国からの信頼を危うくし、わが国の安全保障体制にも影響する」とも強調している。

 一方、3年前に翁長雄志前知事が承認を取り消した際、政府が執行停止を申し立てたのはその翌日で、今回の対応と大きな違いがある。玉城デニー知事は「県が8月31日に行った承認取り消しから既に1カ月半以上が経過しており、緊急の必要があるとは到底認められない」と反論する。

 安全保障政策などについて検証するシンクタンク「新外交イニシアティブ(ND)」の猿田佐世代表は「経済的という視点なら、数千億円以上かかるとされる辺野古基地建設を見送った方が良い」と指摘。「辺野古いかんにかかわらず5年以内の普天間返還への努力が約束されており、辺野古に建設できなれば普天間が返還されないという政府の言い分はどう喝と同じだ。辺野古を強行して県民の怒りが日米安保そのものや嘉手納基地に向かう方が、よほど日米関係を不安定化させる」と防衛局が挙げる根拠を疑問視する。

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<軟弱地盤と活断層>存在を認めず

 県は軟弱地盤について地盤の液状化や沈下による建物の倒壊などの危険性を指摘してきた。だが防衛局は今回も調査が継続中であることを理由にして存在を認めていない。一方で防衛局は今回初めて地盤強度に問題があった場合は「改良工事を行う」と述べ「一般的な工法により、安定性を確保した埋立工事を行うことが可能」と説明した。

 地盤工学を専門とする日本大学の鎌尾彰司准教授は「防衛局が提示した工法の工事は可能だが、軟弱地盤の深さと広がりを考慮すると山が一つ無くなるくらいの砂が必要になるなど膨大な時間や経費がかかる。県に具体的な工事の工程を説明しなければいけない」と指摘した。

 防衛局は活断層の存在も認めていない。その理由として、参考にした文献や県の防災計画で「考慮されるべき活断層として扱われていない」ことを挙げた。だが、情報公開請求で明らかになった防衛局による土質調査報告書には琉球石灰岩を切る断層の存在が明記されている。

 防災地質学が専門の加藤祐三琉球大名誉教授は「防衛局自身が行った調査で活断層の存在が分かっているにもかかわらず、今回その存在を認めていないのはおかしい」と指摘した。

<行審法使用の根拠>私人の立場で請求

 県による埋め立て承認撤回について、沖縄防衛局は一般私人と同様に権利利益が奪われたとして、行政不服審査法に基づいて国土交通相に撤回取り消しを求めることができると審査請求の理由を説明している。国民の権利救済を目的とする行審法は「固有の資格」の立場として国の機関への処分に対する審査請求は適用しないと規定しているが、防衛局は「国民」と同じ立場で行審法の適用を受ける以上、その他の立場には該当しないという主張だ。

 請求理由で防衛局は行審法は申し立てに行政機関が請求人になることを排除せず定めているとして、審査請求する正当性を述べている。

 しかし「固有の資格」に関する条項は明らかに行政機関に対する適用除外の規定だ。今回が「排除せず」に該当するのであれば、「固有の資格」に当たらないという積極的な打ち消しが求められるが、法律や行政法の専門家らは「約2ページにわたって『固有の資格』に関する解釈を示しているが、なぜ今回の請求が『固有の資格』に該当しないことになるのか、説明になっていない」と問題点を挙げる。

 審査請求や執行停止申し立ての可否を判断する国交相が「固有の資格」の規定をどのように解釈するのか注目される。

<県と国の協議>「段階的に協議」

 仲井真弘多元知事が埋め立てを承認した際、県は「工事の実施設計について事前に県と協議を行うこと」を留意事項に記載し、安全性の確認のために護岸全体の実施設計を示すことを求めてきた。だが防衛局は全体設計を提出せず、事前協議が完了しないうちに昨年2月に汚濁防止膜設置の海上工事、同年4月には護岸工事に着手している。

 今回の審査請求書で防衛局は「全体の設計を示さなくても護岸全体の安全性が損なわれる事態はあり得ない」と主張し、実施設計を段階的に提出する姿勢を崩していない。

 県は環境への影響について一部の護岸だけではなく、全体への影響を検討する必要があると主張し、護岸全体の実施設計の提出と事前協議を求めてきた。

 事前に決めたサンゴ類やジュゴンなどの環境保全策も実行されていないと指摘してきた。

 だが防衛局は今回「環境保全対策等は実施する個別の護岸工事の進捗(しんちょく)に伴って必要になるもの」としている。

<工事と環境保全>手続き論へ押し込む

 県は防衛局の工事の進め方がサンゴ類など環境保全が適切ではなく、環境保全や災害防止に十分配慮するとした公水法の要件を充足しないと主張する。環境省の「海洋生物レッドリスト」に記載されたサンゴの環境保全措置も不十分であり、同記載種の14群体が確認されたが13群体の死亡、消失が確認されたとして「工事の影響ではないとは言えない」と指摘する。ジュゴンの餌となる海草藻類の保全措置なども不十分であり、ジュゴン監視・警戒システムの問題点、不適切性もあるとする。

 今回防衛局はサンゴ類の移植について環境監視等委員会で十分に指導、助言を受け「ハビタットマップ」を作成し、移植先を選定するなど十分に科学的、専門的検討の上に行われたなどと主張している。

 ジュゴン保護キャンペーンセンター吉川秀樹氏は「防衛局は手続き論に押し込めようとしている。県は事実に基づいた指摘をしているが、防衛局は『環境保全図書を踏まえた措置や対策が取られればいい』などと机上の議論になっている」と指摘した。環境監視等委員会の機能を前提にしている問題点も指摘した。

 サンゴに詳しい大久保奈弥東京経済大准教授は「環境監視等委員会のサンゴに関する助言は非科学的で不正確だ。防衛局が移植する必要がないとした護岸付近の大型ハマサンゴも、調査を委託したエコー社の過去のデータから見れば移植対象種となる。防衛省側は稚拙な論拠で埋め立てを正当化している」と批判した。

<高さ制限・返還条件>「米軍飛行、問題なし」

 高さ制限について県は、国立沖縄高専や弾薬倉庫、沖縄電力の鉄塔などが制限に抵触すると指摘した。そうした場所を選ぶことは埋め立て承認審査基準の「適切な場所」に適合せず、公水法の要件も充足していないと主張する。これに対し国は「米軍が飛行の支障になるとの問題意識を示したのは沖縄電力の送電線や通信鉄塔のみで、それら以外は飛行経路に鑑みても安全上、問題はないとされている」と主張する。

 米軍普天間飛行場の返還条件について県は、「返還条件が整わなければ返還されない」という稲田朋美元防衛相の答弁などを挙げ「極力短期間の移設案が望ましい」とする埋め立ての必要理由が成立せず、法要件を充足していないと主張した。これに対し国は「日米間の協議で返還条件の達成を困難にする特段の問題は生じておらず、同飛行場の返還がかなわない事態は想定できず、県の指摘は撤回の理由たり得ない」と主張する。

 新外交イニシアティブ(ND)の猿田佐世代表は「仲井真弘多元知事の埋め立て承認の前提となった普天間飛行場の5年以内の運用停止の努力を政府が果たしていない以上、埋め立て承認の正当性も疑わしい」と指摘した。普天間飛行場の辺野古移設とグアム移転を切り離して進めるとした2012年の日米合意に触れ「グアム移転は早く進めるべきだ」とも述べた。

<行審法改正>国適用除外、明文化

 国民の権利利益を守ることを目的とする行政不服審査法は2014年の改正で、国の機関に対する処分のうち「固有の資格」で処分の相手方となったものは適用除外にすることが明文化され、同条項は16年4月に施行された。

 「固有の資格」は国民が受ける可能性がない処分のことで、国民が審査請求することはない。そのため対象外となる。

 今回の沖縄防衛局による辺野古埋め立て事業は国による新基地建設計画に伴い進められている。知事が埋め立てを認めることも、承認を取り消すことも国民が受ける可能性のない処分だ。

 そのため防衛局が15年に行審法を利用して知事の埋め立て承認取り消しに執行停止を申し立て、国交相が認めたことには専門家から大きな批判を受けた。16年の改正法施行を受け、国交相がどのように判断するか焦点となる。