『魚群記―目取真俊短編小説選集1』 濃密な質感と風刺


社会
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『魚群記―目取真俊短編小説選集1』目取真俊著 影書房・2000円

 1983年から89年にかけて発表された短編を集めた作品集には、第11回琉球新報短編小説賞を受賞した「魚群記」、第12回新沖縄文学賞を受賞した「平和通りと名付けられた街を歩いて」他6編が収録されていて、目取真俊がどのような地点から出発したかを、あまさず語るものとなっている。

 収録作品8編は、大きく二つの系統に分けられる。一つは、子供たちの世界を中心としたものであり、あとの一つは、子供のない夫婦の生活を中心にしたものである。それぞれの作品は、幾つもの相反する要素が組み込まれ層をなし緊張感を生み出していく。
 作品の重層構造が、前者では対象への魅惑、大人たちへの同化、反復への不安、反発あるいは親和、同伴への意志、後者では同棲(どうせい)者および外部との不通、違和、疎外といった振幅のある世界を現出させていく。
 目取真作品の魅力は、幾つもの要素の混在する構造とともにそれを支えている文体にある。どの作品のどの一部分をとってきてもいいが、例えば「マーの見た空」の合歓の木の幹に開いた洞から羽蟻が吹き出し乱舞する場面などは、テリー・イーグルトンが、シェイマス・ヒーニーの詩「掘る」について「記号表現と記号内容と指示対象のあいだに、髪の毛一本滑り込ませることさえむずかしい」といった評を想起させる「濃密な質感」をもっている。
 緻密な描写、圧倒的な比喩法、突如として眼前する異物とともに、それぞれの作品に登場してくるテレピア、羽蟻、文鳥、蟹、ヤドカリ等の小動物のもたらす手触りがその「質感」を厚みのあるものにし、読者を魅了する。また作品の背骨をなす政治的、社会的状況が深刻度を増すほどに滑稽感を増幅させ揶揄(やゆ)、風刺が効いて読者を驚嘆させる。
 8編は、すべて沖縄で発刊されていた刊行物に発表されていた。それは、沖縄の文学史的観点からすれば、驚くべき出来事であった。近代の表現者は、それらが皆無に近かったために「東京」に出ていったのだから。
 (琉球大学元教員・仲程昌徳)
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 めどるま・しゅん 1960年、今帰仁村生まれ。97年に「水滴」で第117回芥川賞受賞。2000年「魂込め」で第26回川端康成文学賞受賞。

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