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〝助け合い〟に疲れないために 100cmの視界から―あまはいくまはい―(51)


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

事故から1カ月以上たち、左肩はまだ動かせませんが、だんだんよくなってきました。座れるようになったのでご飯もおいしいし、本も読めます。

元気になってきて「何か楽しいことはないかなぁ」とヘルパーさんにつぶやくと「子どもが8時までに寝たら1時間お茶に行かない?」と提案されたのです。

8時まであと15分。急いで布団を敷き、電気を消し、刺激を与えないように静かにします。ラッキーなことにすぐに寝てくれて、ちょうど私の親がいたので子どもを預け、夜のお茶にレッツゴー! 夏の夜に甘いフラペチーノは最高でした。

すると翌朝、息子に「ママ、お願いがあってね。幼稚園のバス停に一緒に行ってほしいんだけど」とお願いされました。「なんで?」と聞くと「だってママ、車いすで1階にも行けるようになってきたでしょ」と言われたのです。

そうそう、少しずつ動けるようになってきて、あなたが寝ている間にお茶にも行けるようになったのよ、と言いそうになるのを抑えて「オッケー。でもまだ肩が痛いから、ぶつからないように気を付けてね」と答える私。内緒の外出に何か気づいたのでしょうか。

おそるべし子どもの勘。

外出できないので、スカイプでトークショーをしました

今回の事故で寝たきりになり、助け合いとヘルパー制度の違いについて考えました。ボランティアや友だちが来てくれて助かったのですが、仕事や用事の合間を縫って来てくれるので、私がいてほしい時に必ずいてくれるわけではありません。長時間も頼めません。

トイレに行くのも、水を飲むのも、リモコンを取るのにも、人手が必要だったので、相手の予定や都合を考えてお願いすることに疲れました。また一緒に住む家族にとって、家はテレビを見たり、休んだり、好きなことをする場所です。

私が「トイレに連れて行って」とお願いするとイライラし、疲れがたまることもあるのです。

最低限の生活を保障するため、そして時には美容室やカフェに行き、彩りのある生活を送るために制度が必要です。自分の気持ちや予定に合わせて使いたい時に利用できるのが理想のカタチ。介護だけなく育児でも同じでしょう。子どもをいつでも預けられる場所や家族が無理なく子育てできる制度がほしいですね。

そして、社交的な人や余裕がある人だけでなく、人と関わるのが苦手な人や経済的に厳しい人でも、必要なときは誰でも使えるものであってほしいです。

助け合いは大事ですが、制度がベースにあってこその助け合い。いい制度につながる1票を、今月の参議院選に投じたいです。

(次回は7月16日に掲載します)

伊是名夏子

いぜな・なつこ 1982年那覇市生まれ。コラムニスト。骨形成不全症のため車いすで生活しながら2人の子育てに奮闘中。現在は神奈川県在住。

 

(2019年7月2日 琉球新報掲載)