<金口木舌>届かなかった音信


社会
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 父親の暴力を訴え亡くなった栗原心愛(みあ)さんが記した学校アンケートの文字を見ていて、何ともやりきれない気持ちになる。「先生、どうにかできませんか」という悲痛な訴えは、結果的に報われなかった

▼ふと思い出したのが山之口貘の詩「妹へおくる手紙」である。沖縄を離れ貧乏暮らしをしている兄を慕う妹は「兄さんはきつと成功なさると信じてゐます」と人づてに音信(たより)を送る。兄は困り果てる
▼音信に「妹の眼」を感じ、兄は手紙を描こうとするが、貧乏で住所不定という窮状を明かすことはできない。「満身の力をこめてやつとのおもひ」でつづった文字は「ミナゲンキカ」であった
▼「妹の眼」に愛情を感じ、成功したいともがく兄はまだ救いがある。実際の貘さんには助けてくれる仲間がおり、孤独ではなかった。心愛さんは父親の暴力に苦しみ、学校に助けを求めた。孤独であったろう
▼「お父さんにぼう力を受けています。夜中に起こされたり、起きているときにけられたりたたかれたりされています」。父親におびえ、それこそ満身の力を込めてアンケートに答えたはずだ。なぜ、それが生かされなかったのか
▼心愛さんがいた糸満市の学校や市は厳しい家庭環境を知っていた。救えたはずではないか、という悔いは拭えない。心愛さんの文字は見る者の心に深く突き刺さる。目を背けることを許さない。