<金口木舌>台風の目、御主前の目


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 昨年9月末、沖縄が台風24号の目に入ったときに那覇で見た不思議な光景を思い出す。風雨が収まると国際通りやパレットくもじ前の交差点に観光客が大挙押し寄せたのだ

▼ホテルに数時間閉じ込められ、よほど退屈だったのか。明るくなった空を見て外に飛び出したのだろう。土産物店はシャッターを下ろしていたが、通りを歩く観光客の表情は晴れやかだった
▼台風の目は自然界にも変化を及ぼす。1933年10月、台風の目に入った石垣島の報告は具体的だ。「午前一時四分セスヂガエル鳴始メ二時二十分ヨリ蒸暑ク蚊属ノ出現、三時五分、所員瀬名波氏(四十六歳)ノ脈拍九十九」
▼「天頂ノ層積雲ウスラギ時々星ヲ見ル。同三時四十分ホシゴイ鳴ク」ともある。報告者は石垣測候所長の岩崎卓爾。「天文屋(てんぶんやー)の御主前(うしゅまい)」(測候所のおじいさん)と呼ばれた。宮城県生まれで、今年は生誕150年
▼29歳から約40年、石垣で気象観測に尽くした。民俗に関する著書もある。気象庁気象研究所長を務めた大谷東平は著書「台風の話」で岩崎の報告を「台風の眼の模様を遺憾なくあらわした名文」と評した
▼岩崎は台風の目に入った島の変化をつぶさに見つめ、耳を澄まし、記録した。カエルや鳥の声、同僚の脈拍までも。風雨がやんだ国際通りを闊歩(かっぽ)する観光客を御主前ならどう描き出すだろうか、興味が尽きない。