<金口木舌>「葦」の苦悩を知る


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 作家の石川達三に『風にそよぐ葦(あし)』という作品がある。戦時下最大の言論弾圧事件「横浜事件」を題材にした。「葦」とは時代に翻弄(ほんろう)される人々の例えである

▼石川自身も言論弾圧に遭った。1938年の『生きている兵隊』が発禁処分を受け、石川は新聞紙法違反の罪に問われた。掲載誌「中央公論」の編集長は社を去った。その経験が『風にそよぐ葦』執筆へとつながった
▼従軍した中国戦線を描いた『生きている兵隊』は現在、文庫本で読むことができる。発禁を恐れ、中央公論掲載時に伏せ字とした部分を傍線で示し、復元した。言論弾圧の傷痕を見る思いがする
▼筆禍から27年後の1965年、石川は講演のため沖縄を訪れている。自らの苦い体験を踏まえてであろう。「いまの憲法は作家にはたった一つのよりどころと言える」と語っている。米統治下の沖縄では強い説得力を持ったはずだ
▼講演では「非常時」を理由に憲法改正を論じる自民党を批判し「言論機関もいざという非常時にどれほど権力者に抵抗できるか疑わしい」とくぎを刺した。作家の慧眼(けいがん)は現代の日本を見抜いているかのようである
▼流行作家と国会議員が報道抑圧の矢を放ち、安全保障法制の審議を急(せ)く安倍首相は「積極的平和」を論じる。今こそ石川の声を聴きたい。「葦」の苦悩を知ることで、時代の危うさを見抜ければよい。