沖縄から新たな「人間国宝」が誕生した。野村流伝統音楽協会会長の中村一雄さんに、国の重要無形文化財「琉球古典音楽」保持者として認定書が手渡された。
人間国宝はその道の頂点を極め、技能の継承になお熱い心を燃やす人たちに贈られる称号だ。県内の人間国宝は13人目(うち4人は物故により現在解除)、「琉球古典音楽」では島袋正雄さん(2018年死去)、照喜名朝一さん以来、3人目となる。県民とともに喜びたい。
人間国宝に至る中村さんの歩みを特徴付けるのは、銀行員と三線奏者という二足のわらじをはきながら芸の道を極めたことだろう。
久米島生まれの中村さんは、村芝居で三線の地謡を務めていた父昌福さんの演奏を聴いて育った。琉球銀行に採用され、久米島支店勤務時代に野村流三線演奏家の野村義雄さんに師事して本格的に歌三線を始めた。三線も仕事も中途半端にしてはいけないと、人の何倍も努力することを自らに課した。
毎日出勤前に1時間、帰宅後は深夜0時まで練習を重ねたという。信条は「雨垂れ石をうがつ」。今回の「国の宝」としての認定は、長年のたゆまぬ研さんがもたらした栄誉だ。高い技能・技量に加えて、高潔な人間性は何よりも後進の模範となる。
野村流音楽協会の南米公演に参加し、海外の県人が涙を流して喜んでくれた光景に触れたことも芸道に大きな影響を与えた。この際に1カ月の休職を銀行が認めてくれ、派遣がかなったという。中村さんはこの時の上司や同僚の理解に感謝を忘れないが、人々の間に芸能が息づく沖縄社会の寛容さを感じさせるエピソードともいえよう。
琉球王朝時代、歌三線は士族のたしなみであり教養だった。琉球古典音楽は三線を中心に箏や胡弓、笛、太鼓などが加わり、冊封使を歓待する芸能や江戸上りでの演奏、琉球舞踊の伴奏などと結びついて発展してきた。玉城朝薫によって琉球音楽を核とする歌舞劇・組踊も誕生した。
沖縄県で芸能分野の人間国宝は琉球古典音楽のほかに「組踊音楽太鼓」の島袋光史さん(故人)、比嘉聰さん、「組踊音楽歌三線」の城間德太郎さん、西江喜春さん、「組踊立方」の宮城能鳳さんがいる。卓越した技能の保持者を小さな島からこれだけ輩出することこそ、沖縄が芸能の島と呼ばれるゆえんだ。
13日に東京で催された認定式で、中村さんは焼失した首里城に触れ「戦後に音楽が県民を元気付けたように、苦しい時に芸能の力で頑張っていきたい」と語った。
独自の歴史の中で作り上げられた芸能の力は、首里城の復元に向かう県民の支えになるはずだ。われわれも伝統の技の体現者である中村さんの姿勢に学びながら、沖縄の豊かな文化風土を次代に受け継ぐ土壌を育んでいきたい。