なぜ、この時期なのか。理解に苦しむ。アジア歴訪中のペロシ米下院議長が台湾を訪問し、蔡英文総統と会談した。中国は猛反発し米中対立がさらに深まるのは避けられない。
ペロシ氏の訪台は不用意に軍事的な緊張を高めた。偶発的な軍事衝突が起きれば、台湾と近接する沖縄も巻き込まれかねない。これ以上緊張を高めないため、米中両国に自制と対話を求める。日本政府も緊張緩和に向け外交的に働き掛けてもらいたい。
ペロシ氏の訪台に先立ち、バイデン米大統領と中国の習近平国家主席は電話会談した。習氏はペロシ氏の訪台計画を念頭に「火遊びは自らを焼き滅ぼす」と警告していた。秋の中国共産党大会で、3期目続投を目指す習氏にとって、台湾問題は譲れない。
バイデン大統領も中台が不可分の領土だとする「一つの中国」原則を留意する米国の政策に変わりはないと強調して事態の沈静化を図った。
ではなぜペロシ氏は台湾訪問を強行したのか。驚異的な経済成長を遂げた中国は急速な軍備増強で米国の覇権を脅かす存在となり、対中強硬論が超党派で広がっていた。ペロシ氏自身、中国の人権問題を厳しく批判してきた。訪問を取りやめれば「中国の脅しに屈した」と受け止められるから、引くに引けなくなったという。波風を立てることを承知で訪台したのであれば、外交に値しない。
中国はペロシ氏の訪台を踏まえ4日から台湾を取り囲むように6カ所の空・海域を設定し実弾射撃を伴う軍事演習を実施すると発表し、圧力を強めている。対象地域に日本の排他的経済水域(EEZ)が含まれる。米海軍は周辺海域に空母打撃群を派遣した。台湾軍も警戒態勢を強化して軍事的緊張が高まった。
沖縄にとって台湾問題は人ごとではない。
1955年の台湾沖紛争を契機に米海兵隊が、山梨や静岡などから沖縄に移駐した。移駐に伴い、土地が強制接収され「島ぐるみ闘争」に発展した。
中国と台湾が武力衝突した58年の台湾海峡危機の際、米国政府は中国本土への核攻撃を検討していた。米軍幹部は、そうなった場合、核攻撃を含む報復は「ほぼ確実」とし、対象に沖縄も含まれる可能性があると認識していた。
日米は今年1月、南西諸島の自衛隊強化と日米の施設共同使用増加を発表した。台湾有事を想定した自衛隊と米軍の共同作戦は、初動段階で米海兵隊が南西諸島に臨時の攻撃用軍事拠点を置く。軍事拠点の大半が有人島だ。有事と
なれば沖縄が真っ先に狙われ、住民が戦闘に巻き込まれる危険性が高まる。県民の4人に1人が犠牲になった沖縄戦の再来は決して認められない。
これ以上、東アジアの安全保障環境を悪化させてはならない。衝突回避のため米中首脳同士の対面による会談を早急に実現させるべきだ。