岸田文雄首相は防衛費を国内総生産(GDP)比2%に倍増させるよう関係閣僚に指示した。防衛費はGDPの1%を超えないとした1976年の閣議決定を覆し、軽武装・経済重視路線をとってきた戦後の安全保障政策を大きく転換するものだ。
GDP比2%まで引き上げるには毎年5兆円程度の財源が必要になる。財源確保の見通しはなく、増税に頼ることは間違いない。コロナ禍、物価高騰に苦しむ国民や企業を窮地に追い込み、日本経済はさらに沈下する。
既に大きな借金を抱える日本の財政状況からしても、防衛費の膨張は容認できるものではない。危機にあおられた性急な議論は将来に禍根を残す。冷静で健全な財政規律を取り戻す必要がある。
自民、公明両党は、敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有に合意する見通しとなった。政府は敵基地攻撃能力の具体的手段として、国産のスタンド・オフ・ミサイルや外国製のミサイル購入を進める構えだ。だが、本当に国民の安全につながるのかや費用対効果など多角的な検証がない。
敵基地攻撃能力の保有は日本を攻撃する理由を与え、国民が被害を受ける危険性を高める。東アジア情勢の不安定化に拍車がかかることで軍拡競争に陥り、防衛費に歯止めがかからない「安全保障のジレンマ」が待ち受ける。
そもそも現状は防衛費の倍増に固執した、金額ありきの議論となっている。
4月に自民党安全保障調査会が、北大西洋条約機構(NATO)加盟国が目標とするGDP比2%を念頭に必要な予算水準を目指すという提言をまとめた。岸田政権は与党の要求を丸のみし、経済財政運営指針「骨太方針」にGDP比2%以上と書き込んだ。
2022年度予算の防衛費はGDP比1%に当たる約5兆4千億円。GDP比で2%だと約11兆円になる。何のためどのような装備に幾ら支出するかは曖昧で、明確な積み上げ根拠はない。日本がNATO加盟国に追随する必要性も甚だ疑問だ。
それでも政府は防衛省以外の研究開発や公共インフラ、サイバー、海上保安庁などの予算も合算し、GDP比2%を実現するという。
政府の有識者会議は南西諸島を名指しして、自衛隊や海保が平時から空港・港湾を利用できるようにし、防衛省のニーズに合った機能への整備を促している。自治体のインフラ整備や学術研究が予算を介して軍事目的に結び付けられ、自治や研究の自由が脅かされないか危惧される。
自民党には国債発行で対応するという主張があるが、将来につけを回すことで国債も増税と変わりない。日本の普通国債残高は22年度末で1026兆円と見込まれる。GDPの2倍を超え、主要先進国の中で最も高い水準だ。
防衛費の抑制につながる外交努力こそが必要だ。