<社説>新基地本体着工 民意無視の強権政治だ 自制なき政権に歯止めを

 防衛省は名護市辺野古への新基地建設の本体工事に着手した。中断していた海底ボーリング(掘削)調査も再開した。翁長雄志知事が指摘するように「強権極まれり」という異常事態である。

 これほど一地方を標的とした政治的暴力があっただろうか。「公益」を名目に地方の声を踏みにじる。まさしく民主主義の破壊だ。
 民主的な行政手続きによる県の埋め立て承認取り消し、非暴力の理念を踏まえた市民の抗議行動を安倍政権は黙殺した。国策への隷属を民に強いる前時代的な強権政治を断じて許すわけにいかない。

沖縄を「弊履」扱い

 日米同盟の肩代わりに沖縄の民意を切り捨てるような非道は、サンフランシスコ講和条約による沖縄切り捨てに比すべき不条理と言えよう。このような歴史の桎梏(しっこく)から逃れたいという県民の訴えを政府はことごとく退けてきた。
 1971年11月、沖縄返還協定が衆院特別委員会で強行採決された際、屋良朝苗行政主席は破れた草履を意味する「へいり(弊履)」という言葉を使い、「沖縄県民の気持ちと云(い)うのはまったくへいりの様にふみにじられる」と日記に記した。
 安倍政権の姿勢は、まさに沖縄を「弊履」のように扱うものだ。
 その態度は、普天間飛行場所属のMV22オスプレイの佐賀空港での訓練移転計画を防衛省が取り下げたことにも表れている。
 米国と地元の理解が得られないことが取り下げの理由だ。菅義偉官房長官は「知事など地元からの了解を得るのは当然だ」と述べた。沖縄では反対を押し切ってオスプレイを強行配備し、新基地建設を強行しているのに、佐賀では「地元の了解」は必須という。このような「二重基準」を弄(ろう)するような行為は県民を愚弄(ぐろう)するものだ。
 名護市の久辺3区を対象とした防衛省の振興費拠出もそうだ。地方自治への露骨な介入であり、住民分断を意図した米統治時代の「高等弁務官資金」の再来を思わせる。
 住民分断は植民地統治の常とう手段だ。戦後70年を経て、安倍政権は沖縄を植民地視していると断じざるを得ない。
 明治の言論人太田朝敷は「琉球処分」後の沖縄は植民地的な「食客」の位置に転落したと嘆いた。安倍政権の沖縄政策は、沖縄を「食客」の位置に固定するものだ。
 本体工事の着手は、民意を無視し、地方自治をじゅうりんする安倍政権の専横が最も露骨な形で沖縄に襲い掛かったものだ。
 これは沖縄だけの問題ではない。全国民が安倍政権の本質と厳しく対峙(たいじ)しなければならない。

政府の焦燥感の表れ

 県の承認取り消しの効力停止、国の代執行に向けた是正勧告に続く工事着手という政府の一連の動きはまさしく常軌を逸している。
 翁長知事が「国は余裕がなく、浮足立っている感じもする」と指摘するように、矢継ぎ早の対抗策は政府の焦燥感の表れと見ることもできる。
 条理にかなった沖縄の抵抗によって政府は守勢に回ったとも言える。今後の法廷闘争でも県民の英知を結集した論理展開で国の不正義を厳しく追及したい。
 1996年の代理署名訴訟の最高裁判決は補足意見で、沖縄の基地負担軽減に向け「日米政府間の合意、さらに、日本国内における様々な行政的措置が必要であり、外交上、行政上の権限の適切な行使が不可欠」と指摘し、政府の責任に言及している。
 それから19年が過ぎても基地負担の軽減が進んでいないのは、政府が「権限の適切な行使」を怠ったためだ。今回の本体工事着手は政府に課せられた責任をかなぐり捨てる行為に他ならない。その自覚があるならば、直ちに工事をやめ、新基地建設計画を断念すべきだ。
 私たちは、民主主義と地方分権に立脚し「自制なき政権」に歯止めをかけなければならない。それは沖縄だけではなく国民全体の課題であるべきだ。



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