多様化する社会でも普遍的な価値を持つものがある。沖縄戦や広島・長崎での被爆体験の継承がそうだ。歴史に学び、平和な社会を築くために必要不可欠なものである。
広島市教育委員会が市立小中高校を対象にした平和教育プログラムから漫画「はだしのゲン」、米国のビキニ水爆実験で被ばくした「第五福竜丸」の記述を削除する。全国から疑問の声が上がっている。
教材として「被爆の実相に迫りにくい」という理由だ。だが「ヒロシマ」の象徴ともいえる「ゲン」、日本の反核運動が高まるきっかけとなった福竜丸事件を削除して、多様な学びが保障できるだろうか。複眼的な視点を提供することが教育行政の役割である。広島市教委に再考を求めたい。
記述が削除されるのは、広島市教委が2013年度から始めたプログラムに使う教材「ひろしま平和ノート」だ。19年度から大学教授らが改訂の必要性を議論した。
広島市教委が公開した改訂内容一覧によると、小学校3年の単元にある「ゲン」に関しては漫画の一部だけでは被爆の実相に迫りにくいことや、母親のために他人の家からコイを盗む場面が「誤解を与える」などとしている。
中学では「福竜丸が被爆した記述のみに留まり、実相を確実に継承する学習内容となっていない」とも指摘した。
ひろしま平和ノートの特色は発達段階に応じて小学校1~3年、同4~6年、中学、高校と分け、単なる資料集としてだけでなく児童生徒が学びを振り返る記述欄などを設けたことにある。
教師が「平和ノート」の内容を伝える一方通行の授業に終わらせず、学んだことを子どもたちが自分の中で消化し、未来を築く社会の一員と意識することを目指している。
小学校低学年の児童が漫画を入り口に原爆を学び、中学生が福竜丸事件から核兵器の脅威を知りたいと考えるのは自然なことだ。削除すれば、学びを深めるきっかけを失う可能性がある。それではプログラムの目的からも逸脱する。
そもそも広島市教委の平和教育プログラムが始まったのは11年の調査で原爆投下の年日時を正確に答えられた小学生が33%しかいなかったという危機感が出発点にある。
県内でも22年度の県立高校入試で沖縄の日本復帰の年月日を問う問題の正答率が28%にとどまった。歴史の継承は広島、沖縄に限らず大きな課題となっている。
県内では沖縄歴史教育研究会が高校の副読本、名護市教委が小中学校向けの沖縄戦ガイドブックを独自につくり、南城市教委は証言者の体験を活用した教材開発を進める。
証言者が少なくなり、戦後生まれの教諭が実相を伝えるのは確かに難しい。だからこそ教育現場に求められるのは歴史を継承するための教材の充実だ。「伝わりにくい」から削除するのでなく「伝える」ための努力こそが必要だ。